読書

書店の役割分担

1か月ぶりに妙典へ。ゆっくりはできなかったけれど、都外の空気をたっぷりと吸い込む。外から見ると都内の人は大変な状況下を生きているように見えるらしい。その張本人たる自分にはそれほど危機感はなく、生活もさほど変わったわけではないのだけれど。 そ…

仕事のためのセンス入門

兵庫県に、憧れの本屋がある。ただそこを「本屋」と呼ぶことには少し違和感がある。「本がある家」といった方が近い。「BOOKS+kotobanoie」本好きの店主が自宅の一部を開放するというこの場所に行って本を読むことが、いまの自分の夢だ。店主の言葉を本で読…

走る、を続ける

ジョギングをしようと決めてはやめるを繰り返し、中途半端な感じでここまで来た。この中途半端な感じが自分にとって良くないことが分かっているのに、続けることができなかった。短い距離でもいいから毎日走ろう、その走っている時間そのものを楽しもう、と…

学びの比喩

「実際にやってみないと分からない」というのはよく聞くことだけれど、それができたら苦労しないよ、と言いたくなる。やってダメだったらやり直せばいいじゃないか、という助言にはたいてい、本当にやり直さなければならないときに払うコストの大きさを無視…

知性的であろうとする姿勢

自分が知性的にふるまおうとすることを、忘れていることにふと気づきました。知性的にふるまわなければならないということは、なんとなく心では分かっています。その時の感情や気分に任せてまるで客観的でないことを言い、自分の考えこそが正しいのだと曲げ…

アジア辺境論

土曜日。管理組合の総会に向かう電車内で、この本を読み始める。いつも思うのだけれど、内田樹の本を読むたびに、自分の無知、自分の無関心を実感する。常に考えて、言葉にして、世の中に問う姿勢が、自分と他人とでこうも違うものなのか、自分はそれで恥ず…

不安の正体

これからどういう働き方をしたら自分の身体が喜ぶだろうか、と考える。 こんな働き方をしたいんだ、というおよそのイメージは湧いている。しかし、そこにはいつだって不安がつきまとう。できなかったらどうしよう。思い通りにならなかったときに、元に戻れな…

「読む」ことと「書く」こと

「読む」ことと「書く」こととの関係は、呼吸に似ている。そのことを若松英輔さんの本で読んで、なるほどと思った。 これまで自分は、本を読むことだけを呼吸ととらえていた。読書は別に崇高なことでもなんでもない。ただ読みたいから読むものであって、他人…

好きな10%

外出自粛のムードを言い訳に、外に出ないで一日家で過ごした。金曜日の夜に土曜日のやることを決めたのだけれど、できていない。寝違えたのか、ちょっと首が痛く、また頭もずきずきと痛む。外は冷たい雨。明日には雪に変わるかもしれないという。ひんやりと…

1からはじめる

これまでに蓄えてきた知識や体験を一旦リセットして、新しいことを一からはじめる。そのことにこれだけ恐怖を感じるとは思っていなかった。もっと自分は堂々として良いはずで、逆境に負けないそれなりの強さがあると思っていたから、その感情に気づいたとき…

少年と犬

美容院へ。いつもとまるで変わらないマスターとの会話によって、世界はいつも通り進んでいることを実感する。過ぎし方は多少変わっても、心持ちは変わらない。変えなくて良いのだと思うと、安心できる。いつも通りであると安心したいから、定期的にここに来…

交流する力

いま自分が仕事で会う人はみな、自分がいまの事務所に所属しているからこそ出会えた人である。それはクライアントに限らない。工事を依頼する工務店であったり、土地情報を紹介してくれる不動産屋さんだったり、コーディネートしているコーポラティブハウス…

調和の場

西洋医学は体を「病と闘う戦場」ととらえる一方で、伝統医療はそれを「調和の場」ととらえる。その話を読んで、調和の場としての体に敬意をもって、大切にしようと強く意識するようになった。年末年始の気の緩みで調和が多少崩れた自分への戒めとして。 伝統…

希望はいつも当たり前の言葉で語られる

好きな本屋で目に入って思わず手に取った一冊は、まだ読み始めたばかりだけれど、自分のこころに深い満足感を与えてくれる一冊になるだろうという、確信に近い予感がすでにある。こんなことは、そうない。 「誰かが見てる」という言葉に救われた著者。 そん…

逆ソクラテス

小学生の頃の自分がどういう子供だったか、いまではほとんど覚えていない。感受性が強くて、大人からたくさんの良いことを吸収し、自身に蓄える素直な子供だっただろうか。たぶんそんなことはなく、何も考えずに遊び惚けていたのではないだろうか。 伊坂幸太…

学びへの推進力

内田樹「コモンの再生」を読んでいる。刺激的なのは「本当に必要な政策は『教育の全部無償化』」という話。昔は大学の授業料が安かったから学生は苦学できた(親に反対されても、「じゃぁ自分で金出すから、もう口出ししないでくれ」と言うことができた)。…

消費者的なふるまいを度外視した買い物

高い満足度を得られる買い物とはどういうものか。この問いに、いまならこう答える。「消費者的なふるまいを度外視した買い物」と。 自分にぴったりのものが見つからないから、オーダーメイドでつくってもらう。それは家具でもいいし、雑貨でもいいし、大きい…

鬼は逃げる

今日が今年最後の営業日だと知り、自宅近くの本屋に立ち寄った。今年、脅威が社会を覆う真っ只中に誕生したこの本屋さんに、自分は何度も救われた。身近にこういうセレクト本屋があることが暮らしに潤いを与えてくれることに、驚いた。まさかそんな暮らしが…

大人のOB訪問

管理組合のサポートをしているコーポラティブハウスの臨時総会に出席した後、仙川へ。用を済ませた後、つつじが丘駅にある啓文堂書店に立ち寄った。小さい書房のフェアがあるというのでチラ見する。 小さい書房の本にはお気に入りが多く、いわゆる一人出版社…

ポストコロナ期を生きる

しばらくサボっていたジョギングを。尊敬する松浦弥太郎さんに影響を受けて「毎朝少しづつでもジョギングをしよう」と思うものの、ここ2週間ほどは眠さ、気だるさに我慢できず、二度寝をしてしまった。走りはじめてしまえば、爽快感が身体を包んでくれるの…

本を抱えて会いにいく

自宅近くのお気に入りの本屋で、今日も1冊本を買う。「本を抱えて会いにいく」シンプルなつくりのこの本、ページをパラパラとめくってみると、そこに著者の生々しいくらいの正直さがにじみ出ていることが、なんとなくだけれど分かる。「音楽のことはずっと…

大型書店に感じる壮大さ

昼間、少し仕事で小石川へ。帰りにメトロエム後楽園にある本屋に立ち寄る。仕事でもプライベートでも、後楽園に来たときはちょっとでも寄り道したい本屋だ。 松浦弥太郎さんの新刊をさっそく買う。日常のささいな出来事や、自分なりの小さなルールの中にも、…

自分の体と健康に目を向ける

自分にとって健康とは何かということを、深く考えるきっかけになった一冊に出会った。 ここで「出会った」と言うと、本屋で手に取ってピンと来て思わず買ってしまった、というような姿を想像するかもしれないけれど、正確にはそうではない。少し前に新刊で買…

適切な世界の適切ならざる私

連休最終日。せっかくの休みを有意義に使おうと、ふと思い立ってDIYで本棚をつくった。つくったといっても、コンクリートブロックと板を近くのホームセンターで買って、積んだだけだ。DIYと言えないくらいのDIYだ。ドライエリアに置く本棚なので、外部用塗装…

イワンの馬鹿

「お金から自由になろう」「お金にしばられるな」そういう言葉をいまはよく聞く。たいていそういうことは「お金をたくさん持っているであろう(稼いでいるように見える)」人が言うものだから、これまであまり真剣に受けてめていなかった。それができたら苦…

赤飯の記憶

赤飯は自分にとってごちそうだ。普段なんでもないときに、ただ食べたいからという理由で食べられるものではない。特別な時に、特別な理由をつけて、満を持して食べるものだ。そう思っていた。それが最近は、ふと思い立った時に気兼ねなく食べられるものに変…

たちどまる時間

コロナ禍であっても、自分はそれほど働き方が変わっていないと思っている。事務所の近くに引っ越したおかげもあって、在宅勤務が増えているいまでも毎日事務所に歩いて行って仕事をしている。自宅で過ごす時間も緊急事態宣言中こそ多かったものの、いまは気…

本を読むときの、本に対する態度

風呂場でお気に入りの本を読みながら、ああそうか、本を読むことはそういうことなのか、と妙なところで安堵した。最後の「静寂」のページは空欄だ。そこに自分なりの静寂を思い描く。その直前のページは「静けさを理解し、世界を遮断する悦びを得る方法」と…

写真集

写真集専門の書店に行った。吉祥寺駅を降りて、井の頭公園をつっきるように歩く。住宅街の先にあるその小さな書店に入るには、まず呼び鈴を押して店主に扉を開けてもらうことから始まる。消毒をして、静かに店内に入った。あっという間に見尽くしてしまいそ…

メモすることと、丁寧に伝えること

管理組合の理事会に出席しているときのこと。大規模修繕工事の流れについて質問されたので、こたえていたら、それを熱心にメモをとっている理事の方がいらっしゃった。 もう何度も言われ続けているし、自分もその重要性はしっかり認識しているはずなのだけれ…