「私は『よりどころ』をつくりたいのだと思う」よどみなく、ではなく、うーんと少し考えた後、ぼそっと言った彼の言葉には、光が満ちていた。大げさでなく「うわぁ、すごい」と感動した。
何のために仕事をするのか。その仕事を通して何をしたいのか。こうした問いにきちんと答えられるようにすることが、仕事をするうえでの誠実さに直結すると、ずっと信じて仕事をしてきた。社会人になりたての頃はそんなことを考える余裕はあまりなかったけれど、10年15年と仕事をし続けるなかで、ずっとそうしているわけにもいかず、割と自然に、自分にとっての生き甲斐を言葉にできるようになった。あまりその言語化のために努力したという実感は、ない。ただ、他者のそれを聞く機会はこれまでなく、疑問を抱いてきた。
その方は行きつけのカフェの常連さんで、地域のSNS情報だったか、彼という存在は知ってはいた。面白い取り組みをされている方だという、漠然とした憧れのようなものはあった。本屋の仕事を始めて、そのカフェで月イチの出張本屋を行うようになり、出店している中で、声をかけてくださったことから、初めて話をした。自分との年齢の離れをまるで感じさせない、本当に気さくな方だ。
彼が営むギャラリーで出張本屋をしないか、とのお誘いをいただいた。地域での活動範囲を広げたいと思っていたところの嬉しいお誘いに、二つ返事で了承した。2か月に一度の出張本屋を、2年目になる今も続けている。ギャラリーにいらっしゃる常連さんとも何気ない話をできるようになった。
何度目かの出張本屋の日。営業終わりに次回のテーマについてあれこれ話をしている時だっただろうか。ふと気になって、どういうモチベーションでこのギャラリー活動をされているのかを伺った。店主は普段、まったく別の会社で仕事をされていて、土日祝日をメインにギャラリーを開いている。どのような想いで2足の草鞋を履いているのか、聞きたかった。そうしたら、冒頭の「『よりどころ』をつくりたいのだ」という言葉が出てきたのだった。
よりどころ。人々がふらっと寄る処、といったところだろうか。思えば私も一時期、自宅にこもっているだけでは干からびてしまいそうで、ほぼ毎週末、行きつけのカフェに行ってコーヒーを飲んでいた。私自身にも、心の奥底にこびりついている老廃物を取り除くための場所がいくつかあった。こうした、誰かにとっての「落ち着く場所」「心安らぐ場所」「苦しさ、悲しさから逃れる場所」「生きる活力がみなぎってくる場所」を提供することこそが、彼の生き甲斐であり、その場所を端的に示したのが「よりどころ」という言葉なのだろうと思った。
その「よりどころ」であるギャラリーで2か月に一度、本を紹介する機会をもらえた幸運に、胸が震えた。私も、本を紹介するこの場所が誰かにとっての「よりどころ」になるよう努めなければいけないと思った。