相棒を観ることは「推し活」である

このドラマに対する自分の想いを一言で表すと、それはつまり「推し」である。そのことに気づいたのは本当につい最近のことだ。なんだ、いままで深く考えたことがなかっただけで、簡単なことだったんだ。

 

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VIVANTというテレビドラマが大人気のようだ。テレビ局の前にあるオブジェをSNSにアップして「推し活」と表現していることに接し、ああそうか、私は長いこと「推し活」をしていたのか、とはっとした。その表現をテレビドラマに当てはめたことがなかっただけに、びっくりした。過去作のストーリーを「シーズン〇の第●話は『■■■』で、この場面が感動的で・・・」と頑張って記憶していた私は、誰に頼まれるでもなく、ただ快楽を得る、それだけの理由で、二人を推していた。ただ観るだけでなく、サブタイトルを放送順に覚えるなどという、大抵の人がやらないであろうことをした。それくらい面白いドラマはこれしかないと、今でも思っている。ちなみにVIVANTは、観ていない。ほんとうについ最近まで「ヴィヴァント」と読んでいたくらい、何も知らない。観始めたらはまってしまいそうで怖いというか、「相棒」に匹敵するドラマにはもう会いたくない。うっかり会ってしまったら、人生疲れてしまって仕方ない。

 

亀山薫は人生のお手本。フライトジャケットは似合わない自信があるけれど。短髪で、前髪を立たせて、年齢を重ねても精悍な顔つきで、あまり難しいことは言わなさそうで、おちゃめなことばかり言い、しかし、ここぞという時には目つきを変え、正しいことを大真面目に言う。そういう男になりたいという気持ちは、これから何年経っても変わらない気がする。

なんだかつまらない、遊びのない暮らしだとは思うけれど

金曜日、仕事終わりの帰り道。連休明けの一週間でなにかと大変なこともあったし、このところ節制している自覚もあったので、金曜日の夜くらいいいかな、と自宅最寄りの一つ手前の駅で降り、お総菜屋さんに向かった。美味しいパンか、チーズケーキか、それともクッキー類か、特に決めてはいないけれど、気になるものがあったら買ってしまおう。そして店の前に着いたら、電気が消えていた。売り切れで少し早めのクローズだったのだろうか。膝から崩れ落ちそうになるのをなんとかこらえ、じゃあさっさと帰ろう、と気を取り直した。

 

あ、気になるケーキ屋がある、と思って振り返る。100メートルほど前に見えるお店のサインに照明がついていた。いま19時前だけれど、こんな時間にケーキ屋って開いてるんだっけ?だったら寄っていこうじゃないか。しかし、行ってみたらもう店じまいでした、なんてオチが容易に想像できる。泣きっ面にハチとはこのことだ。ダメだ、やめようと思い、とぼとぼと自宅まで歩いた。

 

自宅に着く直前、目のまえにセブンイレブンがある。そうしたら、ここでアイスか何か買って帰ろう。ポテトチップスでもいい。今日は疲れた。なんて思いながら、交差点で信号が青になるのを待つ。待ちながら、徐々に気が変わる。ああ、もういいや。このまま入ったら、10年くらい前の、仕事終わりにへとへとになって、死んだ目で、お菓子にありつこうとコンビニに駆け込むサラリーマンの自分と、まるで同じだ。決して悪くはないのだけれど、なんかこう、むなしくなることを知っていたから、もう欲望に任せてコンビニに入る習慣はやめよう、と少し前に決意したのだった。ああ、やめたやめた。こうして青信号になるや、セブンイレブンのレンガ風外壁と三本線のサインから目をそらし、そそくさと通り過ぎた。

 

家に着いてからようやく気づく。昔はしょっちゅう買っていたコンビニスイーツに、今はまるで関心がない。美味しいとは思うし、機会があればもちろん食べるけれど、自ら率先して手に取り、お金を払って、食べたい、という欲望が、ずいぶん小さくなった。なんだかつまらない、遊びのない暮らしだとは思うけれど、食べすぎて依存するよりはいいか。

 

充実した状態になるのではないかという期待感

昼過ぎ、雨が降ってくる前にと家を出てジョギング。ちょうど暑さのピークを過ぎたころだっただろうか。出る時間を間違えたかなと一瞬後悔したけれど、後の祭りだ。

 

往路。終始ゆっくりめのペースで、期待してはいなかったけれど、19分38秒とまずまずのタイム。20分を過ぎずに折り返し地点に行くのは、そう難しくないと思った。

 

復路。やはりペースはがた落ちした。気持ちは往路とそれほど変わらないのだけれど、足が前に出ない。数十メートル先が、遠い。苦しさともどかしさと、アキレス腱の痛さにやられながら、歩を進めた。21分8秒。

 

この苦しさに耐えて、慣れて、まあ多少辛くはあるけれど、それでもとりあえず足を前に出し続けることができる。そんな境地に行けたとしたら、ジョギングに限らず仕事ひいては人生を、辛いことがあっても諦めずに、充実した状態に導くことができるのではないか。その期待感が、今の自分をジョギングへと向かわせている。もちろん川沿いの道を、風を浴びながら走るのがただただ心地よいから、というのもあるけれど、それは一番ではない。

 

休暇期間の中の「贅沢」

昨日は一日帰省。今回のお盆休み最大のイベントだ。もともと旅行に行ったりするわけでもなかったので、例年通りと言えばそうかもしれない。特に今年は、この帰省くらいしか外出していない。楽しみにしていた外食も、大雨冠水でお預けになってしまった。あとは読書とジョギング、ちょっとの事務仕事のみ。

 

元気な姪とへとへとになるまで遊び、相棒の再放送を観て、夕ご飯をたらふくご馳走になり、家族で久しぶりに話をし、帰宅した。一日が一瞬で終わったから、今日はロスタイムのような日だ。明日から仕事が始まる。

 

夏季休暇はリフレッシュできましたか?もし聞かれたら、自信満々にできました、と答える。ただ具体的なことを言うと、旅行に行ったわけでもないし、友人と久々に再開した、といったこともないし、特別なことはほとんどしていない。それであっても、そうやって過ごした時間の中に自分なりの「贅沢」があったのだということは、断言できる。

 

大雨による冠水と危機意識

8月14日。金曜日。夏休み真っただ中。

 

昨日は、日中降り始めた雨が夕方以降記録的な大雨に変わり、千葉県の北西部で特別警報が出ました。道路は冠水し、車での通行に大きな支障が出ていたようでした。

 

市川に住んでいる私はというと、そんな危機を何とも思わず、もともと家族と夕ご飯を食べに外出する予定だったため、なんだか大雨でタイミング悪いなぁ、なんて愚痴をこぼしながら、18時過ぎに家を出たのでした。駅に着くまでの間にズボンの裾が濡れたことに、ため息をつく程度でした。

 

隣の原木中山駅に着いて、大好きなダイニングに行こうと改札を出たら、雨宿りをしている人がたくさん。一瞬嫌な予感がしました。目の前の道路は水たまり。なんとかよけて歩くことができるレベルを超えていました。それでもご飯は食べたいし、と道を選びながら、靴が完全に水没しずぶ濡れになったことに諦めながら、歩きました。今思い返せば当然ですが、お店は臨時クローズ。目的の美味しいご飯もお預けになり、ため息をつきながら帰ってきました。少し幅員の大きい道路は水たまりが深く、この辺りは道路がすり鉢状になっている特殊な場所なのだろうか、とか、一時的な大雨で排水機能がマヒしてしまっているのか、とか、その程度の推測をしながらでした。

 

帰宅する直前にスマホが鳴りました。画面を見ると、ちょうど住む場所付近での特別警報の知らせ。そして帰宅してニュース等を見て初めて、想像以上の大事になっていることを知りました。先ほど見た冠水は原木中山だけの現象ではありませんでした。むしろ私が見たのはかわいい程度のものでした。

 

ノーテンキに外出した自分の浅はかさに膝が抜けそうになりましたが、同時に、市川市と特定されて被害が報道される中で、なんともなかった自分に安心もしました。うっかり足を踏み入れて帰宅困難、なんて平気で考えられるわけで、自分の移動能力を過信してはいけないと改めて感じました。

 

今日は午後、帰省する予定。昨日からの大雨による混乱が続いているようなら正直諦めようかとも思いましたが、ひとまずは大丈夫そうです。ただ状況を見ながら、思い通りに行かない想定で行動しようと思います。

 

小雨と、よいペース

 

お盆休みの時間を使って、普段は1週間に1日くらいしかできないジョギングを、もう少しこまめにやろうと決意した。一昨日に引き続き、重い腰を上げる。台風が来ているという予報通り、昼過ぎに雨が降ってきた。ただそれほどの豪雨ではなく、すぐ止んだようだったので、億劫になる前にさっさと走ってしまおうと、小雨が降る中家を出た。

 

暑さ控えめだったからか、終始きつくならずそれなりのペースで走ることができた。折り返し地点でのタイムが19分13秒。まずまずのペースだ。少し前まで20分超えが当たり前だった。習慣自体をやめなければ、19分台は安定的に維持できそうだ。

 

復路も、順調。小雨が顔にぶつかり、やや鬱陶しいくらいだ。昔嫌いだった、暑い日の雨に濡れたアスファルトのにおいが、今はまったく気にならない。少し余力を残しながらゴール。復路は19分32秒。このペースを維持できるようにジョギングをし続けなければいけないと思った。

 

よりどころ

「私は『よりどころ』をつくりたいのだと思う」よどみなく、ではなく、うーんと少し考えた後、ぼそっと言った彼の言葉には、光が満ちていた。大げさでなく「うわぁ、すごい」と感動した。

 

何のために仕事をするのか。その仕事を通して何をしたいのか。こうした問いにきちんと答えられるようにすることが、仕事をするうえでの誠実さに直結すると、ずっと信じて仕事をしてきた。社会人になりたての頃はそんなことを考える余裕はあまりなかったけれど、10年15年と仕事をし続けるなかで、ずっとそうしているわけにもいかず、割と自然に、自分にとっての生き甲斐を言葉にできるようになった。あまりその言語化のために努力したという実感は、ない。ただ、他者のそれを聞く機会はこれまでなく、疑問を抱いてきた。

 

その方は行きつけのカフェの常連さんで、地域のSNS情報だったか、彼という存在は知ってはいた。面白い取り組みをされている方だという、漠然とした憧れのようなものはあった。本屋の仕事を始めて、そのカフェで月イチの出張本屋を行うようになり、出店している中で、声をかけてくださったことから、初めて話をした。自分との年齢の離れをまるで感じさせない、本当に気さくな方だ。

 

彼が営むギャラリーで出張本屋をしないか、とのお誘いをいただいた。地域での活動範囲を広げたいと思っていたところの嬉しいお誘いに、二つ返事で了承した。2か月に一度の出張本屋を、2年目になる今も続けている。ギャラリーにいらっしゃる常連さんとも何気ない話をできるようになった。

 

何度目かの出張本屋の日。営業終わりに次回のテーマについてあれこれ話をしている時だっただろうか。ふと気になって、どういうモチベーションでこのギャラリー活動をされているのかを伺った。店主は普段、まったく別の会社で仕事をされていて、土日祝日をメインにギャラリーを開いている。どのような想いで2足の草鞋を履いているのか、聞きたかった。そうしたら、冒頭の「『よりどころ』をつくりたいのだ」という言葉が出てきたのだった。

 

よりどころ。人々がふらっと寄る処、といったところだろうか。思えば私も一時期、自宅にこもっているだけでは干からびてしまいそうで、ほぼ毎週末、行きつけのカフェに行ってコーヒーを飲んでいた。私自身にも、心の奥底にこびりついている老廃物を取り除くための場所がいくつかあった。こうした、誰かにとっての「落ち着く場所」「心安らぐ場所」「苦しさ、悲しさから逃れる場所」「生きる活力がみなぎってくる場所」を提供することこそが、彼の生き甲斐であり、その場所を端的に示したのが「よりどころ」という言葉なのだろうと思った。

 

その「よりどころ」であるギャラリーで2か月に一度、本を紹介する機会をもらえた幸運に、胸が震えた。私も、本を紹介するこの場所が誰かにとっての「よりどころ」になるよう努めなければいけないと思った。

 

終身名誉幹事

自分の仕事への向き合い方はこれでよいのだろうか。少しだけ時間的なゆとりが生まれた8月、そのことを自己点検するなかで、思い浮かぶ光景がある。調べたら、13年も前のことだった。

 

私が運営のサポートをしていたコーポラティブハウスの管理組合では、年末恒例のクリスマス会が開催されている。唯一入居者でない、いわば部外者である私も、有難いことにお誘いいただき、参加していた。そこで、先陣を切って場を盛り上げてくれる、管理組合曰く「終身名誉幹事」のMさんがさらっと「来年も、来るよね」と言ってくれた。そのことが、大げさでなく衝撃的で、忘れられないでいる。

 

Mさんはその後、ご事情があってそのコーポラティブハウスから引っ越すことになったのだけれど、それが分かった時には、「なんでまたMさんが」と天を仰いだ。と同時に、そのコーポラティブハウスでずっと快適に暮らしていただくことが自分の生き甲斐なのだというこれまでの価値観は揺らぎ、その住まいに束縛されない自由な暮らしを楽しんでいただくのを見守るのも、自分の大事な役割だと思うようになった。Mさんの呼びかけに応じるように、そして管理組合員の期待に応えるように、その後も運営サポートは続き、恒例のクリスマス会にも参加させてもらっている。

 

その後、私の働き方の変化もあり、これまでのサポートを一旦解約することとなった。その管理組合から(自分で言いうのも恥ずかしいのだけれど)ラブコールをいただき、引き続き個人で、管理組合の運営支援を続けることとなった。自分で作った業務委託契約書に実印を押す。個人名義での初めての「ちゃんとした契約」だった。

 

本日より支援業務、開始いたします。これまで以上に安心・快適に管理組合を運営していただけるようサポートしてまいりますので、どうぞよろしくお願いいたします。自分自身ヘの号砲の意味も込めたメールを管理組合に送ったら、理事長から「引き続きご支援よろしくお願いします。クリスマス会のご参加も」とのあたたかいお言葉。「来年も、来るよね」「はい、行きます」が、少し形を変えて、13年経つ今も続いている。自分から関係を切るのは罪だと思った。

 

脳内BGMと拍子のズレ

 

週末のジョギング。こう暑い日が続くとやはり萎えてくるけれど、やめてしまうわけにはいかない。誰からも強制されているわけではなく好きでやっているので、楽しみながら、自分で自分に喝をいれながら、走っている。昨日は江戸川の花火大会だったので、もしかしたらいつものコースである川沿いに人が集まっているかもしれない。そう思って昨日は走れなかった。だから今日走らないとまた1週間空いてしまう。今日は走らなければいけない日だった。

 

ジョギング中の脳内BGMはたいていTHE YELLOW MONKEYの「パール」。走るリズムとテンポが一致するので気持ち良い。「負けるなよ」という歌詞が自分を奮い立たせてくれるのもよい。

 

「パール」もよいけれど、今日は気が向いて「罠」を脳内で歌った。こちらもbpmが足のリズムにぴったりだ。微笑んだ死神から逃げるように、走る。こちらも興奮してきてジョギングにもってこいだ。

 

ギターソロが明けて最後のサビに入る前のブリッジ。聴き手の血が沸騰する最大の山場だ。

 

ドキドキするのは心臓が

生きたいからだと動いてる

一生懸命血を送り

破裂寸前であの世に行くまで

(罠/THE YELLOW MONKEY)

 

吉井さんが札束をばらまく直前、一拍の無音がある。ここで曲全体を支配する拍子がずれる。私が「罠」を愛する理由の一つがこの「絶妙なズレ」だ。しかし、リフのごとく淡々と繰り返し歩を進めるジョギングでのこのズレは、「右(や)・左(み)・右(から)・左(ーの)・右(ー)・左(ーて)・右(ーま)・左(ねき)」という足のリズムを反転させる。その一瞬の違和感が呼吸を乱す。この曲の中では大事なアクセントだと思っているけれど、ジョギングの脳内BGMには合わないな、と思った。家でじっと目を閉じて聴くにふさわしい。

 


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自分ルールを守れなかった散髪

5~6週間に一度、必ず美容院に行って髪を切ってもらう。そのことを意識するようになって何年経つだろうか。きっかけは、尊敬する松浦弥太郎さんが、2週間に一度散髪することを習慣にしていると知ったことだ。2週間に一度と言ったら結構な頻度だと思う。しかも銀座の理容店。なかなか真似できることではないけれど、その趣旨である「髪は伸びる前に切るべき」という言葉には共感する。最低限の清潔感、身だしなみの確保と言ったところだろうか。自分自身、伸びきった髪が耳まわりやうなじ、額に触れるのは決して快適ではない。昔から、すっきりした短髪が好きでもあった。そのため、2か月に一度くらいだった散髪を徐々に縮めて、いまはおおむね5~6週間に一度と決めている。4週間、ちょうど1か月おきだとちょっと早すぎる。7週間はちょっと遅い。8週間経つとアウト。何度も間隔調整を繰り返し、達した最も気持ち良い間隔が5週間もしくは6週間だった。

 

今日、夜にあわてて散髪に行ったのは、前回の散髪から7週間が経ってしまったことに焦ったからだ。本当は先週行こうと思っていたのだけれど、なんだか都合がつかず、行けなかった。平日の夜は平日の夜で、くたびれていてなかなか行けなかった。今週一週間また過ぎてしまうのはまずい、と美容院に電話して、閉店前に駆け込んだ。夕方から雨が降り出して若干躊躇したけれど、伸びきった髪でさらに何日か過ごすのも嫌だったので、行かないという選択肢はなかった。

 

暑いということもあり、いつもより少し短めに切ってもらった。頭が軽くて、心地よい。やはり多少の面倒臭さはあっても、スパンを守って美容院に行くべきなのだ。2週間に一度、とまではいかないけれど、5~6週間に一度という自分ルールをできる限り守り、最低限の身だしなみに気を配れる大人でありたい。

 

うちわ祭り

 

店番の仕事で熊谷へ。うちわ祭り一日目、仕事中に目の前を山車が通る。太鼓を叩いているのは小学生くらいの男の子。一生懸命に前を向いて太鼓を叩くその姿に、胸を打たれた。

 

小さい子の、勉強や遊び以外で夢中になっている姿を見るのが好きだ。それは自分自身、小学生の頃、多少のイヤイヤはありながらも地域で昔から受け継がれている豊作祈願イベントに参加するなかで、やりがいを身に着けてきたこととも関係があるのかもしれない。神様と触れる機会はきっと、子どもに普段得られるものとは違う夢中を与えてくれるのだろうと想像する。

 

40度くらいあるんじゃないかという暑さの中で、祭りは行われている。はっぴを着ている参加者全員、顔を真っ赤にしながら、しかし表情は真剣そのもの。こうした空気をつくり上げる祭りの力を、ただ外から冷静に俯瞰しているだけじゃなくて、そこから自分も何かを得ようとしなければいけないと感じた。

 

Kids Art 展

南行徳のナンギョウベースへ。小学生以下のキッズたちのアート作品が並ぶ「Kids Art 展」を観てきた。

 

テーマは「好きなもの」。うどんだったり、朝と夕方の空の風景だったり、母親だったり、クロミちゃんだったり。抽象的なイメージもあって、様々な視点からアートを楽しめた。

 

見えている風景、感じていること、好きなものに対する想いなどを、純粋に、思った通りに表現している様子が見えて、アートが本来表現するものと、それを感じ取るべき自分を、見直すことができた。そして、小学生の頃に自分自身が抱いていた苦手意識を取り払って、自分も「自分の中から湧き出てくるもの」を表現したいと強く思った。それは絵かもしれないし立体作品かもしれないし、はたまた文章かもしれない。形式はいろいろあるけれど、どれだってよいのだと思う。こういう感情を表現したい!を諦めずそのまま形にしようとするエネルギーを、持ち続ける大人でありたい。

 

変わっていく自由が丘の街と、自分の中の変えてはいけないこと

日曜日の朝、自由が丘の駅を降りたら目の前に、再開発マンションが現れた。足場も外れ、1階のファサードも姿を現した。看板を見ると7月末完成とある。今月で?ずいぶん長いプロジェクトだなあと思っていたのはもう数年前。いつの間にか時間が経っていた。

 

その間、私は仕事をガラリと変え、住処を変え、生活を変えた。ただ自由が丘を歩いていると、変わっていない雰囲気ばかりが自分にまとわりついてくる。成長していないのかも、と不安にさせる。しかしそれでもピーコックはなくなってイオンになり、富士屋書店はdacoになった。この再開発が完成し、人がさらに集まったら、どんな街になるのだろう。楽しみなはずなのにぞっとしてしまう自分が、なんだか世の中についていけないようで悔しい。

 

自由が丘で仕事をしていた時と同じように、10時前に事務所について、書類の整理をして、気づいたら19時になっていた。会社員の頃と同じ時間を費やしている。しかし今日は日曜日。全身の力が抜けて道路に寝そべりそうになるのをこらえながら、電車に乗った。

 

どんなに楽しそうな誘いがあっても、目のまえに仕事があれば終えなければいけない。先日、東京都現代美術館のエリック・カール展を観ていて、そんな言葉が目に入った。仲間からの茶々をもろともせずに、ひたすら巣を作り続けるクモに、大人の自分を見る。どんなに不本意な境遇であっても、「やってらんねえよ」とさじを投げたくなっても、目の前に自分を必要とするクライアントが一人でもいる限りは、やり遂げなくてはいけない。仕事に飽きたとしても(飽きてはいなけれど)、その想いは変えてはいけない。エリック・カールにそう背中を押された気がして、だから帰りの電車内でもやけにならず、足に力を入れて帰宅した。帰ってからも、今週も、やることはたくさんあるのだ。

 

気づけば7月だった

土曜日、週末のジョギング。明日は一日外出の予定だから今日の午前中しか時間がとれないと思い、起きて早々に水も飲まずに家を出た。

 

油断した。思いのほか気温が高いいつもの河川敷コース。折り返し地点にたどり着いた時には足が重く、これはゴールまで走りきれるだろうか、と心配になった。ゴール前でばてて歩くのは嫌だったから、後半はかなりのんびりなペースになってしまったけれど、なんとか走り終えた。喉がカラカラで、家を出る前にたっぷり水を飲んでくるべきだった、と後悔した。倒れる心配まで、頭をよぎった。

 

気づけばもう7月。酷暑になってもおかしくない時期だ。ジョギングをする時間帯も考えなければいけない。ヘトヘトになりながら仕事のことなどをぼんやり考える時間も、それはそれで好きではあるのだけれど。

 

パソコン、スマホとの距離

今週末にかけて、個人的なトラブルが立て続けに起きた。どちらもパソコン、スマホといったデバイスと、インターネットに関わることだ。他人からは「今どき、たいしたことはない」と言われそうだけれど、思いのほか心が荒れた。これほどなのか、と自分で自分に驚いた。

 

まず、パソコンでネットがつながらなくなった。スマホなど他のデバイスでは使えたから、大元ではなくパソコンそのものの問題のようだ。いろいろ試したが上手くいかない。スマホで検索すると、「パソコンそのものの物理的な劣化による損傷」のような言葉も出てきた。確かに、もう何年も使っている。そろそろケチらず買い替えなければいけない時期か、と諦め、適当なパソコンを選び、買い物かごに入れ、購入ボタンを押す手前までいった。しかしふんぎりがつかず、もうちょっとだけ地団太を踏んでみよう、と解決策を調べてみたら、あった。指示するコマンドを入力したら、つながった。優柔不断の自分とはおさらば、と息巻いて購入ボタンを押さなくて良かった。しかし、遠からず買い替えなければいけない時期が来る。そろそろ新しいものを手にしよう。

 

そして週末に入る直前の金曜日の夜、スマホを壊した。フリーズしたと思ったら突然暗転し、電源が入らなくなった。一晩充電しても直らず、仕事の合間にauショップに駆け込んだ。「故障の可能性が高いですね。こちらのサポートに電話してみてください」との返事。それでも諦めがつかなくて、その後別のauショップで純正の充電器を買い、その晩ずっと充電したが、結局直らなかった。仕方なく今日、サポートに電話をした。言われるがままに改善策を試し、うまくいかないことを伝えると、「故障の可能性が高いですね」とのこと。こちらは諦めるしかなかった。最新機種に機種交換することも考えたけれど、交換サービスが使えることが分かり、手配した。こういう手続きは本当に苦手だ。手続きが済んでも「もっとこうすればよかったんじゃないか」「じゃぁデータ移動はどうすればよいのか?」など不安は尽きない。そしてその不安はストレスとなる。

 

パソコンにしてもスマホにしても、もう何年付きあっているというのだ。交換なんて、いずれ必ずやってくる出来事なのに、いざやってくると心がざわつき、壊してしまった自分を責めたくなる。そんなデバイスに支配されるような人間じゃないだろう自分は、とは思うものの、「ああそうですか、壊れちゃったもんは仕方ないね、ハハハ」とあっけらかんとすることができない。結局自分も、こうしたデバイスに依存する一人だったのか。悔しい。

 

ただ、電話が使えない、ネットも(スマホでは)見られない、という状態に清々しさを感じるのもまた事実。急な連絡は来ないし、仮にあったとしても、受信しなかったことをスマホの故障のせいにできるから安心だ。そんな、ちょっとだけ浮ついた心をもちつつ、気づいた。今回の件を通して神様が、「お前は他人よりスマホに依存していないことを誇っているつもりだろうが、そんなことはない。家で、ふとした隙間時間にSNSサーフィンをして時間を食いつぶすなんてことをずいぶんしてきたはずだ。これからは本気になって、中途半端はやめて、きちんとメリハリをもってパソコンやスマホと付き合いなさい。のめり込みすぎると、『ないことによる恐怖』に食い潰されることになるぞ」と注意してくれたのだ。そう思って、これからはパソコンやスマホと適度な距離を確保しようと思った。そして、バックアップをちゃんととろう、そろそろ使い過ぎかなと(感覚的にだけれど)思ったら買い替える勇気を持とう、とも。