ZINEづくりを機に自分を振り返る

このブログのエッセイをまとめたZINEをつくった。本屋として仕事をするにあたって、私はこういう人間です、という名刺のような役割ももたせているけれど、それよりは、これまで書き続けてきたものを一旦まとめることで、自分のことを振り返る分かりやすいきっかけにしたかった。

 

今回初めてZINEづくりに挑戦したことで、いままで一つの習慣として続けてきたものの集積が、想像を超えるくらい大きなものになったことに気づいた。なかなかのボリュームの日記を前に、しびれたくらいだ。ブログを始めたのが2009年の5月なので、もう17年以上経っていることになる。開設した頃は、17年も先のことなんて全然想像できなかった。三日坊主にはなるまい、という決意は確かにしたけれど、具体的に数年後、十数年後を思い描いていたわけではない。よく続けてきた、と我ながら思う。続けてきてよかった、とも。

 

振り返ってみると「俺ってすごい」といった自慢話などほとんどなく、なんだかなあ、と肩を落とすような出来事ばかりが続いたという印象を受ける。実際は悪いことと同じくらい良いこともあったはずなのだけれど、良いことはたいてい記憶に残らず、当たり前のこととして脳が処理してしまうのだろう。あんまり覚えていない。一方で、本当に苦しかったこと、辛かったことも、時間とともにしっかり忘れている。何か「イヤーなこと」があの頃あったのは確かだ。しかし、具体的にどんな仕打ちを受けたのか、何をしでかしたのか、と問われると、これが思い出せない。きっとたいしたことはなかったんでしょう、と言われたら「そんなことはないはずだ」と否定したくなるのだけれど、まあそうなのかもしれない。

 

過去数年間、十数年間をざっと振り返ってみて、総じて自分は真面目に仕事に、人生に向き合っているという一定の自負はありつつも、どこか間が抜けていて、どこかに弱さが露呈した、いまいちな時間の連続だった。ただ、それが自分だ。そんな過去を踏まえているからこそ、成長した今がある。そしてさらに将来はもっと成長する。このように、これから先を見据えることができるのが、今の自分の強さなのだ。

 

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五ヶ町例大祭2

今日が五ヶ町例大祭の本祭り。午後、家の目の前を神輿が渡御した。太鼓の太い音が胸に響いて心地よい。重いであろう神輿を、空に放りながら掛け声をかける。見ると、若い子たちもたくさんいた。正直、「後継者不足」という言葉で表されるように、若手がいない少し寂しい風景を想像していたのだけれど、全くそんなことはなかった。若い人が祭りに関心をもっているようで、嬉しかった。

 

その掛け声に奮い立たされるように、自分も仕事において、真剣勝負に挑むことから逃げてはいけないと感じた。自分には自分の、仕事をする中で主役になる局面が必ずある。その局面で、妥協をしないで、よりよきものを生み出す。それによって誰かを、「喜ばせる」というより「幸せにする」。「喜ばせる」と「幸せにする」は違うものだというのは、松浦弥太郎さんの著書から学んだことだ。喜びは一時的なものかもしれないけれど、幸せは長く続く。私は人を喜ばせるよりも、幸せにしたい。それが今の私の、仕事に向き合う姿勢かな、と思う。

 

五ヶ町例大祭

朝、賑やかな声で目を覚ました。今日は3年ぶりの地域の祭りの日で、ちょうど家の前を神輿が通ったようだった。威勢のよい掛け声。なつかしい響きが、自分を小学生の頃にタイムスリップさせる。

 

小学生の頃、地元の秋のお祭りで、獅子舞の役者になった。確か任期は8年だったと思うから、引退したときは中学生になっていたはずだ。当時は少なからず「恥ずかしさ」があって、なるべく学校の仲の良い友達には知られたくない(見られたくない)と思っていた。しかし同時に「誇らしさ」もあって、小学生・中学生ながら、自分は地域の祭りに役者として参加するような地に足の着いた人間であるという自負をもっていた。今思うと、なかなかマセたガキだ。

 

その獅子舞と、もう一つ神輿を担いでまわる夏祭りもあって、囃子のリズムを存分に身体にしみ込ませて育った。その細胞が、ぶわっと目を覚ますような感覚を今日、妙典の地で味わった。

 

ただ今日は宵宮という位置づけで、本祭りは明日。神輿が各町を渡御する一日。楽しみだ。

 

建物解体後の更地を前に思う

 

自宅近く、ジョギングコースに向かう途中に古い家屋があって、先日解体工事をしていた。今日、前を通ったら完全に更地になっていた。どんなに長い時間、それこそ自分が生まれるより遥か昔から、そこに大きな建物があったとしても、壊すのにかかる時間は一瞬で、なくなってしまうとあっけなさを感じる。この土の下、地球の岩盤には何十年もの間、建物相当分の荷重がかかっていた。それが、なくなった。きっと地球も身軽になって、せいせいしたのだろうと思おうとしたけれど、いやいや、とすぐに首を横に振った。コンクリートがガラになり、鉄骨もガラスもバラバラになり、そして散り散りになっていったに過ぎなくて、地球が背負う荷重の総量はさほど変わらない。せいぜい木や紙、什器類が灰になった分の重さが消えただけだ。それが建物全体に占める割合など、微々たるものではないか。この土の真下にいる自然界の生命が、これを機に元気になるのであれば、この建物解体にも意味があるのだ。そう思うようにしよう。

 

スタバのニューヨークチーズケーキ

朝、美容院に行く前に少し時間があったので駅前のイオンで寄り道。と言っても2階の専門店街はまだオープンしていないので、1階をぶらぶらしていた。

 

2階にスターバックスがあって、ここは朝早い時間に開いている。調べたら8時オープンだ。マツモトキヨシが9時オープンだから、それよりも早い。朝早くから開いているというのは、近所のユーザーにとってはとてもありがたい。特に休日は、いつイオンに来てもほぼ満席、という状態に見慣れているので、朝のうちであれば比較的空いている、というのは嬉しい。時間さえ選べば、スタバのコーヒーだってゆっくり味わえる。

 

スタバのニューヨークチーズケーキはとにかく美味しい、ということを家族から聞いて知った。どの店舗でも一律に同じ味のケーキを買って食べられるというのは、よく考えたらすごいことだ。昨年自由が丘から妙典に越してきて、自由が丘の自宅近くにあったパン屋さんの美味しいクリームパンを気軽に買えなくなり、寂しい思いを味わっているので、その有難さが身に染みる。

 

今日はそのあとすぐ美容院に行ったのでスタバには寄らなかったけれど、自宅近くにスタバがあるというメリットをもっと活用して、美味しいニューヨークチーズケーキをもっと味わわないともったいない、と思った。

 

継続力がつくったZINE

月に一度、カフェのテラス席で本を売っている。今日も、たくさんの方に来ていただき、本を手に取ってもらうことができた。終始天気が心配だったけれど、大雨にならなくて良かった。

 

オリジナルZINEをつくりました。自営業を始めるよりも前、趣味感覚で続けているこのブログで書いてきた記事をもとにしています。そんな話を店主としていたら、ブログはいつから?と聞かれた。2009年からですので、17年くらいですね、と言ったら、驚かれた。それはものすごい継続力ですね、と。

 

自分自身、血反吐を吐きながら苦労に苦労を重ね、頑張って続けてきた、といった認識はない。まあ決して楽ではなかったけれど、楽しみながら、適度に緊張感や義務感も感じながら書いてきた結果、なんとなく今も続いている、というのが正直なところだ。そんな自身の継続の結果を真正面から褒められて、慣れない感情に戸惑った。ただ、これはほんの少し他者より秀でている点なのかもしれないと感じてはいるので、その言葉をありがたく受け止めて、自分の強みとしてこれからも続けていこうと思っている。なんだか小中学生の意気込みみたいなコメントになってしまったけれど。

 

四行日記

店番の仕事中、棚主仲間が差し入れを持って来てくださった。そして、自分でつくったはじめてのZINEを、その場で買ってくださった。購入者第一号だ。あまりにも「よいこと」がスムーズに起こりすぎて、慣れない自分は戸惑ってしまう。ここで戸惑わないくらいの「自分への自信」を、つけなければいけない。

 

ZINEは簡単につくれますよ、といった話題から「一行日記」の話になった。なんでも毎日簡単な日記を書くことを続けているという。一行日記、素敵な習慣だと思う。そして、その言葉から私がそのあと思いついたのは「四行日記」だった。

 

一行だとさすがに短くて何も書けなさすぎる。4行、つまり4文で、その日の出来事とそこで考えたことを記す。起承転結の流れというか、型というか、そういったものを意識する。四行日記。誰でも挑戦できて、続けられる営みだと思う。

 

熊谷でどら焼きを食べる

 

店番の仕事で熊谷へ。最近、熊谷に来たらアズロードに立ち寄り、和菓子をちょっとだけ買うことが決まりになっている。いつもは梅林堂の武州路か八宿どら焼きだけど、今日はさわたのどら焼きとマドレーヌを買った。ちなみに前回は十万石のどら焼きとクルミまんじゅう(胡桃の里)だった。

 

特にさわたの「おひさまマドレーヌ」は、昔妙典にあった大好きなケーキ屋の巨大マドレーヌを想起させるデザインで、なつかしくなって、つい買ってしまった。安心感のある美味しさだった。

 

和菓子屋のどら焼きが好きで、仕事が一段落した時とか、へこんだ時とか、一週間お疲れ様、と自分を労いたい時とか、なんでもない時とか、つまりはどんな時も、どら焼きを買って食べたくなる。店ごとの違いは正直、良く分からない。分からないけれど、これは美味しい、と感動したら、繰り返し買って食べるようにはしている。積極的に買う店を増やす、いわゆる「食べ歩き」とか「和菓子屋巡り」みたいなことは、したくない。

 

さわたのどら焼きも、ぷっくり感があって、美味しかった。パッケージの太文字による印象もあるのだろう。手書き風文字がそのまま生地の厚さ、やわらかさを思わせる。

 

 

ずっとずっと、雨が降っている

全然やまない。朝からのそれは気分を沈ませる。どうせ外出もできないし、せっかくの休みだから自宅でのんびりしよう。そう思っても、何か時間を無駄に過ごしたような気がして、夕方にはさらに気が滅入る。この二日間はそんな日だった。

 

冠水とか土砂崩れとかそういったニュースを見るとさらに気が滅入る。先日の大雨でも、死者が出ました、との報道に触れる度に自分の中の世界がぐらりと歪んだ。自然に対して何の罪もない人間のはずなのに。この事実をどうやって受け止めたら良いだろうか。実際には何事もないかのように過ごせているけれど、魂の奥に激震が走るのはいつだって変わらず、着実に私の生命力を蝕む。

 

最低限自分自身を守るということを言い訳に、一日家にこもる。安全の副作用のように、言いようのない気分も同時に得た。気が晴れないのは全て、雨のせいだ。

 

ずっと雨が降っている

ずっと雨が降っている。しかも明日は台風の影響でさらに強い雨になる予報だ。明日の昼過ぎには台風は通過し、晴れる。昨日まではそう思っていた。しかし台風はその速度を落としたのか、時間帯が後ろ倒しになった。このところ天気予報の的中率の高さには目を見張るものがあるけれど、それでも台風の動きを予想することまではできない。その都度発せられる情報を、ただちに鵜呑みにしてはいけない。

 

天気の影響もあり、一日中家にいては、SNSで自営業の投稿をしたり、ブログを書いたりしていた。自分の内なる声に耳を傾ける一日になった。決して体を動かしているわけではないのに、ヘトヘト感を覚える。これは、運動後とはまったく違った肌触りのものだ。脳が疲労を訴えているのかもしれない。

 

ただ、こうした疲労もまた必要だろうと思っている。休みであれば体も脳も、きちんと休ませるべき。それは確かにそうだ。しかし、ただボーっとして一日を費やすことには、やはり罪悪感がつきまとう。何もしないことの否定ではない。何もしない、何も考えない時間があってもよい。しかし、そのまま一日を終えるのではなく、どこかで明日の成長、成熟に繋がるような、建設的な行為をしなければいけない。それは義務感を原動力とした受動的な行動ではなく、そうしようと勝手に動く身体を信用した結果の、能動的な行動である。

 

一服とスマホ

午後出かける予定があったので、午前中のうちにジョギング。明日くらいからまた強い雨がやってくるみたいだし、天気が落ち着いているうちに、とも思った。走れる時に走らないと、後で後悔する羽目になる。

 

スタート地点まで歩く途中、民家の解体工事が行われていた。先週通った時はまだ確か民家があったはずだ。この1週間の間に工事が始まったのだろう。構造体はすぐにむき出しになる。ガラが山になっていた。工事に従事している作業員は皆外国人に見えた。土曜日、連休の始まりだというのに、忙しくて大変そうだ。

 

ジョギングはまずまずのペース。だいぶ一定のペースを保ったまま走れるようになった。折り返し地点に着く時点でまだ、精神的なゆとりがある。続けることの功績って、目に見えないとか、時間がかかるとかそういったネガティブな面に目がいきがちだけれど、確実に身体は成長しているのだ。

 

ジョギングを終え、息を整えながら自宅まで歩く。解体工事現場の前を通ったら、ちょうど10時過ぎの休憩時間だったので、作業員が皆、道路際に座って一服していた。全員がスマホを見て、それぞれの時間を満喫している。職人の休憩中の景色も、なんだかかわったなぁ。

 

錦どら

 

昨日の日記で、久しぶりに本八幡に行ったと書いた。一番の目的は、社会人になりたての頃の現場マンションに行ってたそがれるため、といったカッコいいものでは決してない。「白樺」のどら焼きを買うためだった。

 

話は2か月くらい前にさかのぼる。南行徳のナンギョウベースで出張本屋をしているとき、常連の方が差し入れを持ってきてくださった。それが「白樺」のどら焼き「錦どら」(きんどら)だった。黒糖入りで風味強めの「黒」と、生地に米粉を使用した甘さ控えめの「白」の2種類。どら焼き大好きなんですよ、と我慢できなくていただいた。言葉にできない美味しさで、後で改めて自分でも買って食べようと誓った。錦糸町に本店がある和菓子屋さんなのだけれど、最近シャポー本八幡にオープンしたようで、そこで買って来られたのだという。錦糸町だと決して気軽に行ける感じではないけれど、シャポー本八幡だったらすぐ行けるはずだ。そう思った。その後約2か月間、悶々としながら過ごす。そして昨日、都内での仕事が午前中のうちに終わり、時間に余裕があったので、都営新宿線を使って本八幡に行ける、チャンスだ、となったわけだ。

 

ドキドキしながら帰宅し、ゆっくりとコーヒーを淹れ、2個のどら焼きを皿に移してから、食べる。ふわふわの生地が本当に美味しい。餡子が挟まっていない生地の端っこあたりをわざと噛む。厚みのある生地の歯ごたえは最高だ。どちらかというと風味の強い「黒」が好きだけれど、甘さ控えめの「白」もあっさりしていて心地よい。「どら焼きが好きなドラえもん」というアニメの設定に対して「なんでよりによってどら焼きなんだよ。ほかに美味しい食べ物はいっぱいあるだろうに」と斜めから見ていた子どもの頃の自分を叱ってやりたい。今の私はドラえもんと同意見だ。

 

今後、美味しいどら焼きが食べたくなったら定期的にシャポー本八幡に行こう。そうすれば、美味しいどら焼きにありつけるのはもちろんのこと、本八幡が自分から離れていくのをなんとか繋ぎ止めることもできる。

 

久しぶりの本八幡のマンションと空

委託の仕事が午前中のうちに終わったので、帰宅前に少し寄り道をする。新卒で入社した建設会社で最初に配属されたのが、本八幡の現場。そのマンションに久しぶりに行ってみようとふと思いついた。一番の目的はシャポーにある和菓子さんのどら焼きだったのだけれど、買ったあと、せっかくだからと駅を降り、わくわくしながらそのマンションの前まで歩いた。

 

久しぶり、と言ってもマンションなのだから外観が変わるわけでもなく、そんなに目に見えて劣化するようなものでもない。記憶の中の画像そのままの建物が、目の前にあった。何も変わらない。外壁タイルも、舗装も、植栽も。20年近い時間をまるで感じさせない。砂の中にひと粒だけ砂利が入っていて、その砂利がくびれに詰まる。こうして流れが止まった砂時計が、頭に浮かんだ。自分も、周りも、時間を経て成長し変わったと思っていたけれど、それは一方では思い上がりで、「変わらない」という見え方でその価値を保ち続けているものもあるのだ。

 

不思議な気持ちのまま、マンションと空の写真を撮る。もう少しこうしていたら不審者だな、と思ってスマホをかばんに入れるのと同時に、マンションから住人らしき女性(だった気がする)が出てきた。まずいまずい、とその場を離れ、そそくさと駅に向かった。私がそのマンションを施工する一員だったということは、今の彼女にとってどうでもよいことだ。

 

ちょうど昼時だったからか、シャポーはたくさんの人で賑わっていた。レストラン待ちの人が通路沿いの椅子に座って行列をつくっている。同じ市内にあって決して遠くないのにも関わらず、乗り換えを要することもあってあまり気軽に行く気になれない本八幡という街。私自身何年も(少なくとも妙典に再度越してきた昨年3月以降一度も)来ていない。こうして徐々に心理的に遠くなりつつあるこの街も、相変わらず活気にあふれていて、それがまるで自分を全然必要としていないようで、寂しいような、悔しいような、そうですかそうですかどうぞご勝手に、とせいせいするような、そんな複雑な気分で改札内に入った。別に私が何年、何十年と来なくても、この街はそんなことはお構いなしに生き続ける。しかしそれは、私がこの街にとって不要であることを意味しない。私だって微力ながら、駅前の立派なマンションの建設に携わったんだ。そのマンションで快適な暮らしをしている入居者が、その暮らしが快適であるが故に手にした力によって、社会に何かよきものをもたらしているのであれば、そこにはほんの一部であれ私の貢献も含まれている。空に向かって、限りなく小さい声でそう、反論した。

 

仙川-おしまいの食事会

運営サポートをしている管理組合からお誘いをいただき、食事会。会社員の頃から携わっていた業務が8月で終了し、そのお別れ会ということだった。このような機会をいただけるような仕事上の付き合いができたことがただただ幸運で、嬉しくて仕方ない。

 

皆一様に、暮らしを楽しんでくださっているのだということを、改めて知ることができた。周辺環境の豊かさがこの住宅の大きな魅力。その魅力を存分に味わってくれているようだった。夏はカブトムシが日常的に飛んでくる。天道虫もよく見る。きっと子供たちにとっても有意義な住まいになっているのではないかと思った。

 

外壁はきれいな状態を維持している。しかし、場所によっては汚れているところもあり、設計上の工夫の余地もまだまだありそう。そんなことも教えてもらえたり。入居者目線での指摘が設計者をさらに成長させるのだろう。

 

管理組合運営サポートの仕事は一旦おしまい。自分としてはかなり長い期間、仕事をさせてもらえたと感じている。そこで得たもの、自身が提供し得たものを、これからの自分の仕事への力に変えていかなければいけないと思った。

 

相棒を観ることは「推し活」である

このドラマに対する自分の想いを一言で表すと、それはつまり「推し」である。そのことに気づいたのは本当につい最近のことだ。なんだ、いままで深く考えたことがなかっただけで、簡単なことだったんだ。

 

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VIVANTというテレビドラマが大人気のようだ。テレビ局の前にあるオブジェをSNSにアップして「推し活」と表現していることに接し、ああそうか、私は長いこと「推し活」をしていたのか、とはっとした。その表現をテレビドラマに当てはめたことがなかっただけに、びっくりした。過去作のストーリーを「シーズン〇の第●話は『■■■』で、この場面が感動的で・・・」と頑張って記憶していた私は、誰に頼まれるでもなく、ただ快楽を得る、それだけの理由で、二人を推していた。ただ観るだけでなく、サブタイトルを放送順に覚えるなどという、大抵の人がやらないであろうことをした。それくらい面白いドラマはこれしかないと、今でも思っている。ちなみにVIVANTは、観ていない。ほんとうについ最近まで「ヴィヴァント」と読んでいたくらい、何も知らない。観始めたらはまってしまいそうで怖いというか、「相棒」に匹敵するドラマにはもう会いたくない。うっかり会ってしまったら、人生疲れてしまって仕方ない。

 

亀山薫は人生のお手本。フライトジャケットは似合わない自信があるけれど。短髪で、前髪を立たせて、年齢を重ねても精悍な顔つきで、あまり難しいことは言わなさそうで、おちゃめなことばかり言い、しかし、ここぞという時には目つきを変え、正しいことを大真面目に言う。そういう男になりたいという気持ちは、これから何年経っても変わらない気がする。