火山灰のように降り積もる言葉

「生きる力を削ぐ言葉」という言葉に、「まとまらない言葉を生きる」(荒井裕樹/柏書房)で出会った。今の社会にまん延しているように見えるものをピンポイントで示した言葉だなあと最近強く思う。

 

言葉には「降り積もる」という性質がある。放たれた言葉は、個人の中にも、社会の中にも降り積もる。そうした言葉の蓄積が、ぼくたちの価値観の基を作っていく。

 

いま、トゲのある言葉が他人を傷つけていることに、言葉を発した人はもちろん、その言葉を受けた人も気づかずにいて、徐々にその傷が人の心に蓄積され、地層のように重なり山になっている状態なのではないか。そう感じ、怖くなる時がある。「誰かに迷惑をかけている人」をターゲットにして、「こういう人がいるんですよ。イヤですよね。さあみなさん、思う存分叩いてください。炎上してください」と発信するメディアの立ち位置は、嫌悪の対象とされるいじめにおけるいじめっ子そのものだ。そのゴングの音に興奮したかのように、誹謗中傷の言葉を浴びせる様子を見ると、それがほんの一部の空間での出来事であったとしても、心臓が縮む思いがする。とがった言葉を受けた人だけでなく、言葉を浴びせた本人も、その言葉が呪いのように自身に降り積もっているかもしれない、というようには感じないだろうか。黒ずんだ火山灰のようなものが心臓を覆い、せき込んでしまいそうになるシーンを想像してしまうのは、私だけだろうか。