モノとの付き合い方を考える

自分の身のまわりのモノとの付き合い方を、改めて考える。

 

再来年の引っ越しを予定している。自由設計の賃貸住宅。初めてのことで、いまからワクワクしている。新しい住まいでは、どんな家具を使おうか。どんな雑貨を置こうか。新しいものを迎えたい。だけど、決して大きな家に住むわけではないので、持っていけるものには限りがある。だから必然的に、自分にとって必要であり、なくてはならないものだけを厳選して持っていくことになる。

 

自分にとって本当に必要なものとは何だろう。その判断基準となるのが、「それにお金を使うことでお金が喜ぶかどうか」ということ。これは、松浦弥太郎さんの本を読んで学んだことだ。お金を投じたことが自分の成長につながって、「よかったね」とお金が言ってくれるかどうか。それを考えるようにしている。

 

自分にとって愛着があって、手に入れるまでのストーリーがあって、手作りで・・・。そんなモノだけに囲まれて過ごすことができれば理想的だけれど、実際は難しい。だけど、「これ、いつ買ったっけ?」とか「だれからもらったんだろう・・・」とか、そういうものがあふれているような生活は、したくない。モノの取捨選択は、慎重にしようとしてしすぎることはないと思っている。

 

少なくとも、その瞬間の衝動、欲だけで抱え込んでしまうようなことは、しないように。近い将来環境が変わることをきっかけに、そのことを強く心に刻む。

 

松浦弥太郎の新しいお金術 (集英社文庫)

松浦弥太郎の新しいお金術 (集英社文庫)

 

 

dim

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以前知り合ってファンになった作家さんが久しぶりに展示を行うというので、池袋に行ってきた。ある立派な古民家が、事情があって取り壊されることとなり、それまでの間、期間限定でギャラリーとして開放しているという。その役割を終え、これから姿を消そうとしている建物に、一時的とはいえ命を吹き込むその取り組みに、面白さを感じた。きっと自分はこういう「その空間にそれまでなかったものが生まれ、その場限りの生命を全うする」感が好きなのだと思う。

 

池袋駅から歩いて巨大な六叉路を渡り、路地の中に入ると急に静かな街並みになる。そんな中にあった古民家は、屋敷といった方がイメージに近い。ここでのギャラリーは、所有者家族から声がかかったことがきっかけで実現したのだとか。昔からそこにあったことを視覚的に示すその古民家の雰囲気が、展示された作品をより一層味わい深いものにしていた。

 

彼女の作品は、基本はペン一本ですべて描かれる。知り合った時のままだ。表現手法はびっくりするくらいシンプルなのに、その絵からはいろいろなイメージが頭に浮かぶ。色もほとんどなく、太い細いといった強弱が特別あるわけでもないのに、なんでなんだろう。

 

ひょんなきっかけだったけれど、そのきっかけがこうして縁となり、別の美しいものを知るきっかけにもなる。出会ったものを大切にするって、いいなぁと思う。

 

期間限定ギャラリー dim

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森藤絢香

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きっかけ

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思考を整理するために

他人との会話の中で出てきた本の話。その本を知ってはいるけれど読んでいなくて、相手がそれに影響を受けた、といった話を聞くと、なんとなくそれが自分に足りない分野の本に思えてきて、急に読みたくなる。いままで読もうと思った試しがないのにも関わらず。結局、他人に影響されやすい自分だ。それでも、こういうきっかけを活かしながら、いろいろな分野の知識を得ていければいいなぁと思う。

 

いつもの本屋。そういえばあったはずだと思って本棚を辿ると、あった。初版は1986年というから、32年前。文庫版とはいえ、これが今でも平積みされているんだから、時を経ても褪せない価値を見出すきっかけを与えてくれる良書なのだろう。

 

ついでに、かつて関心をもって考えていたテーマに関する本も見繕う。自分のこれからの仕事の進め方など、もうちょっと深く考えるために、取り入れようよ、と思う。

 

 

思考の整理学 (ちくま文庫)

思考の整理学 (ちくま文庫)

 

  

永続敗戦論 戦後日本の核心 (講談社+α文庫)

永続敗戦論 戦後日本の核心 (講談社+α文庫)

 

 

失敗の研究 巨大組織が崩れるとき (日経ビジネス人文庫)

失敗の研究 巨大組織が崩れるとき (日経ビジネス人文庫)

 

 

これからの仕事のしかたを考える

事務所の先輩スタッフが退職する。送別会があり、そこで彼のこれからの決意を聞いて自分も襟を正した。いつ休んでいるのだろうかと時に心配になるくらい仕事に没頭し、それも大変そうなそぶりなど見せず、飄々と、かつ楽しそうに仕事をする彼の姿に、自分はとうていそこにはたどり着けないなぁと絶望することもある。それでも、そんなスタッフと一緒に仕事ができたんだから、自分もちゃんとしなければ、と奮い立たされた。

 

仕事は他人から与えられるものではなく、自分でつくりだすもの。そういう考えをずっともってこれまで働いてきた。前職の建設営業だってそう。営業マンが顧客を口説いて受注しなければ、どんなに有能な現場監督がいたって工事はできない。そしていまもそう。こういう良い土地があるからここに住みませんか?設計しますので。というように仕掛けなければ、コーポラティブハウスはつくれない。しかし、じゃぁいままで純粋に自己の力で企画ができているかと言われると、残念ながらはいとは言えない。その事実に、胸が痛む。

 

いつになくたくさんのアルコールが入り、記憶も若干おぼろげながら、それでも、これからの自分の仕事との向き合い方を考えるにあたって重要な言葉が得られたと思う。もっと冷静に、もっと深く、自分がどう動くべきなのかを考えて、行動する。

 

これからさらにパワーアップするであろう先輩スタッフに「おいおい、そりゃないよ」と思われてしまうようなことがないように。

 

自由設計の住まいづくり、始動

自分が住む住宅を、自分でつくっている。賃貸だけれど。

 

これまではクライアントの暮らしをつくるサポートをする立場だった。楽しそうに打合せをしているクライアントに触れては、自由設計の住まいづくりに意義があることを確かめていた。楽しかったから、できることならもう一度やり直したいくらいだ、そんなコメントをもらえたときは、本当にうれしかった。自分がこの仕事に携わることで確かな価値を提供できているのだという実感が持てた。

 

だからなのか、自分もその楽しさを体感したいと思うようになった。本当に不思議なのだけれど、そんな折に縁が重なり、参加することとなった。本当は自分は運がいいのか?

 

設計の打合せで、内装の仕上げを確認していく。こうやって使いたいのだけれどどうすべきか、といった話をする。なんとなく頭にこういう家にしたいというイメージはあるし、テーマも持っているけれど、設計スタッフがかっこいいものをつくってくれるという確信がすでにあるから、あまりわがままに自分の想いを言わなくてもいいだろうといまは思うようにしている。

 

 

「自由設計の住まいづくり」コーポラティブハウスを仕事にしたいと思うようになって以来ずっと、これを経験することに憧れとしていた。それがいま、叶うことがとにかくうれしい。この楽しさをたっぷり経験して、これからは、体験談という名のより強いエネルギーを持ったコトバで、自由設計の面白さを伝えられるようになりたい。

 

そんな住まいづくりの過程を、ここでも少しづつコトバに残していけたら。

 

アオッ

ミュージックステーションを久しぶりに観た。テレビから離れてしばらく経つので、いまのテレビ番組をほとんど知らない。長寿番組のミュージックステーションも、司会者や番組の構成も変わっていて、新鮮だった。

 

それにしても、THE YELLOW MONKEYはかっこよかった。特に触れていなかったけれど、再始動以降初めてじゃないかと思っていた。実は「STARS」も「砂の塔」も披露していたと知ったのは、いまだ。

 

フルで聴くことができたのは、出演アーティストが少なかったからか?最高に、興奮した。

 

間奏明けの「アオッ!」がHEESEY担当だったのが、不意打ち。これだからイエローモンキーは、たまらない。

 

 

本の読みかた

今週のお題「読書の秋」

 

読書をするのに適した季節とよく言うけれど、自分にとって、集中して、かつ快適に本を読める時というのは季節にあまり関係がなく、場所による影響が大きいということに、最近気づいた。

 

例えば、通勤途中の電車内。隙間時間を活用した読書には最適だけれど、どうも文章がすっと頭にはいってこない。もちろん何もせずぼーっとしているよりは有意義だと思うけれど、でもその時間が心地よいかというと正直、疑問だ。スーパーのレジの待ち時間とか、そういうちょっとした隙間時間もそう。つい目の前の列の進み具合が気になってしまう。隙間時間を活用した読書は、効率的ではあっても、決して、楽しくない。

 

 

好きな作家さんの個展があるということで、笹塚の「シャララ舎」へ初めて行ってきた。もともと市川にあったそのカフェが今年、笹塚に移転したのだとか。市川にあるときを知らなかった自分は、好きな作家と自宅からほど近いカフェとのつながりに何かの縁を感じ、またその日は彼女の在廊日ということだったので、勇気を出して行ってみたのだった。

 

「店内では静かにお過ごしください。会話はご遠慮ください」店員さんにくぎを刺され、注意事項を守ってくださいと念を押され、ちょっと緊張しながら扉を開くと、そこには木の家具と雑貨、観葉植物がぎっちりと詰まった空間が。すべてが他の席との関係を遮断したような、そんな配置の席に座り、ブレンドをオーダーする。木の階段を降りると地下室があり、そこに、コーヒーをモチーフにした絵画が並ぶ。青く、静かな世界が、コーヒーを飲みながらくつろぐ空間とリンクする。絵を順につなげるとひとつのストーリーになっているということを後に知る。そのストーリーが、自分とコーヒーにまつわる記憶に染み込んでいく。

 

 

もし集中して読書を楽しむのだとしたら。こういう空間で、「さぁ読むぞ」と意気込んで読むのがいいなぁ、と思う。読書って、そんな特別なことじゃないし、誰だってすることだし、さぁと気負ってすることじゃないけれど。でも、単に情報を得るために本を読むのではなく、その時間自体を楽しむ、そういう読書であれば、ちゃんとそのための時間をつくって、集中するための場所に居て(行って)、よし、と大きく息を吸って、吐いて、読むのが素敵だなぁと最近は思っている。そういう時間を楽しめる自分にとっての大切な場所の一つが、まぁ家からはそう近くはないところに移転してしまったことになるけれど、ここなんじゃないかと思っている。

 

シャララ舎

 

hiromi-hashimoto.com

ミュージックステーション

THE YELLOW MONKEYがミュージックステーションに出演するという。その知らせだけでも卒倒するくらい嬉しいけれど、yahooの「リアルタイム検索で話題のキーワード」に「イエモン」と出てきてさらにっくりする。世間も彼らのTV出演に対する関心が高く、期待しているのが分かる。彼らのカッコよさを知っている人が多いという事実に、嬉しいのが半分、やや複雑な気持ちが半分。その複雑な気持ちは、うまく言葉で表せないのだけれど。「まわりはあまり共感してくれないのだけれど、自分はとにかく大好きだ」と言いたい気持ち。分かるだろうか。

 

とにかく、テレビを手放したことを後悔する数少ない出来事のうちの一つだ。まぁ、他人に録画してもらうように頼めば済むのだけれど。とにかく、来週の金曜日まではなんだかそわそわしてしまっていけない。

 

 

いま、彼らのカッコよさに共感してくれる人がすぐ近くにいて、それがとにかく嬉しい。それだけで充分だったりする。

 

フーガはユーガ

伊坂幸太郎の新刊をいま読んでいる。事務所へ向かう電車内の広告でたまたま知って、電車を降りて、事務所へ向かう途中の本屋に、それを買う目的で、入った。店内に入ってすぐ、新刊コーナーにあったから、すぐに手に取り、レジへ向かう。知ってから買うまでの自分の行動のはやさに、自分自身驚きながらも、もしかしたら酔いしれているのかもしれない。彼の、すべての本を楽しめる人間でありたいと思っている。

 

劣悪な環境にありつつも、その現状と戦う双子の兄弟の関係が、「魔王」の安藤兄弟となんとなく重なる。いや、「重力ピエロ」の泉水と春かな。若干強気ながら男気のある弟と、聡明で冷静で、優しい兄。理想の兄弟像だ。不思議な能力をもつ兄弟のストーリーがどう収束していくのか、とても楽しみ。

 

フーガはユーガ

フーガはユーガ

 

 

 

事務所に着いたら、先週乗ってきて1週間置いていた自転車に乗って、事務所の仲間と駒沢公園へ。サイクリングコースを3周走ったあと、そのまま帰ってきた。駒沢公園から行徳まで、30キロちょっとを2時間半かけて。復路は往路より楽だろうと思っていたけれど、そんなことは決してない。上り坂が足腰に激痛を与え、酸素を奪う。寒いくらいなのに、汗をかかせる。何度もやってくる交差点の信号は、たいてい自分の目の前でその色を青から黄色、赤へと変える。景色を楽しむ余裕は、やはりなかった。

 

自分の新しい趣味として定着するのはまだ先な気がする。それでも駒沢公園のサイクリングロードをまわっているときは、すこやかな風が顔を撫でて、気持ち良かった。ダンスの練習をする若者。部活動と思しき、ジョギングに汗を流す学生。芝生に座って休日を満喫する家族。それぞれを眺めながら、スイスイと自転車をこいでいると、これがサイクリングの良さか、と思える。こういうアクティブな休日も、なければならないと思う。

 

 

この度、事務所でいま手掛けている賃貸住宅プロジェクトに、自分自身も参加することを決めた。賃貸なのだけれど、建てる前に参加を表明することで自由に設計することができる、という新しい取り組み。大家さんから借りるという賃貸住宅本来の仕組みはそのままで、住まい手が好きなように設計し、間取りを決め、内装材を選ぶことができる。


自由設計の住まいは、なにも「所有する」「購入する」ことでしか手に入れられないのではない。持たない暮らしがもっと自由でもいいんじゃないか、という想いから始まったプロジェクト。場所は自由が丘。完成は再来年3月ごろ。まだ少し先だけれど、長年の夢であった自由設計の住まいづくりに参加できることが、嬉しい。とともに、これまで「職場のまち」という位置づけだった自由が丘が「住むためのまち」になるのが、不思議であり、これまた楽しみ。駒沢公園に行ってサイクリングやジョギングを楽しむのだって、もっと日常になる。なんかそれだけで、身体も心も健康で、豊潤な人生(ラッシュライフ!)になりそうな気がしてしまう。ちょっとこじつけだけれど、ユーガのような、聡明で、冷静で、優しい兄貴像に、近づけるんじゃないかという気がしてしまう。


■自由設計のできる賃貸住宅を、自由が丘で企画しています。

http://01-office.co.jp/chintaiproject/intro.html


猛毒の葉っぱみたいなテーブルの上

THE YELLOW MONKEYの新曲のMVがとにかくかっこいい。台湾の市場で撮影されたという映像に、最初こそ「なんで台湾なんだよ・・・」と、その雑居感に嫌悪感を持ったけれど、それを払しょくするような艶めかしさがあった。上半身裸の男がパイプ椅子を投げる。それすら意に介さず身体をくねらせる吉井和哉がほんとかっこいい。サビ直前やサビ後半のヒーセのベースが心臓に響く。音源も、真夜中の配信開始直後にさっそくダウンロードして爆音で聴いた。

 

天道虫の鳴き声を模しているのか?と思うようなギターフレーズが怪しさを作り出している。

 

久しぶりに大学時代の仲間とLINEでやりとりをしながら、曲と映像に集中して興奮がさめやらない。仲間と好きな音楽について語り合った大学時代がなつかしい。あの時はすでに彼らはその活動を終えていたから、すべて過去形の、「あの曲のこの部分が好きでさぁ」なんて話だった。あの時に、この曲がもしあったら・・・。麻雀は今も昔もやらないから知識はないけれど、きっと盛り上がっただろうなぁ、と思う。

 


THE YELLOW MONKEY – 天道虫

 

自転車通勤

自宅から事務所まで、一度は自転車で行こうと思っていて、今日、挑戦した。妙典~自由が丘。距離はgoogle mapで測ったら約30キロ。朝7時半過ぎ、少し早めに家を出る。2時間じゃ着かないだろうけど、3時間はかからないだろう、そう目論んで。

 

大通りは信号待ちが思った以上に多く、なかなかペースがつかめない。かつ、品川目黒界隈に入ると、上り下りが多く、つらかった。もっとすらすら進めるコースがあるのだろうけれど、今回は調査不足。分かりやすい道を、どんどん進んだ。まわりの景色を楽しむ余裕は、運動不足による息切れに邪魔され、なかった。

 

着いたら10時過ぎ。だいたい2時間20分。ちゃんとコースを選んで、迷わず走って、もう少し速く一定に走ることができたとして、2時間くらいか。気持ちに余裕さえあればこの時間も楽しいのだろうけれど、今日はまだ楽しむところまではいけなかった。尻と太ももに残る痛みが、もっと運動せよと自分をつつく。

 

新しい趣味として自分の生活習慣に馴染むのは、まだ先なのかもしれない。

 

言葉の羅針盤

千駄木の養源寺で一年に一度開かれるイベント「しのばずくんの本の縁日」を知り、行ってきた。千駄木界隈の古本屋さんが本を並べるのに加え、出版社が直接新刊本を手売りする。その売り手と対面して本を手に取るというのが、こういうイベントの良いところだ。最新の新刊本からマニアックな古本まで、さまざまな本がずらりと並び、さてどれにしよう、と悩む。結局3周くらいぐるぐるまわってやっとこれだという本を決めて、手に取った。

 

若松英輔「言葉の贈り物」は自分が言葉を紡ぐときの糧としている本であり、しんどくなったときの心の拠り所である。数年前、その本に出会ったのが千駄木のひるねこBOOKSであり、その本の出版社が亜紀書房だ。その亜紀書房も本を並べていた。その中に若松英輔さんのサイン本「言葉の羅針盤」があった。サイン本であったことに惹かれたのか、と言われると嫌なのだけれど、でもサインに心動かされたのは事実だ。大好きな作家さんの直筆の文字を見て、その字が刻まれた本を、それをつくった出版社さんから直接買い、読む。こんな贅沢はないと、帰ってきて冷静に考えて、思った。もっと出版社さんと話をすればよかった。

 

言葉を絞り出しそれを記す営みが、自分だけでなく他者にも大きな影響を与え得るのだということを、彼の本、というより彼の言葉から、学んだ。「言葉の羅針盤」はこれから読むけれど、きっとこの本がこれからを強く正しく生きるための羅針盤になるということを、読む前から予感している。

 

ひるねこBOOKSのコーナーで古本も買ったし(安すぎ!)。しばらくは本の衝動買いはやめようと思う。

  

言葉の羅針盤

言葉の羅針盤

 

  

小さな巣をつくるように暮らすこと

小さな巣をつくるように暮らすこと

 

 

キャプテンサンダーボルト

以前、i Pad mini の電子書籍で読み始めたものの、どうも頭に入ってこず、早々に挫折した小説が、これだった。大好きな伊坂幸太郎作品であり、先がまるで読めない不思議な感覚が面白いのだけれど、どうも読み進められない。共著の阿部和重を知らないからか?こうして途中でリタイヤしたことを、最終的には電子書籍であることのせいにした。読みづらい。ページをめくると読み込みに時間がかかる。残りページ数が紙の厚さで判断できずイライラする、などなど。

 

そうして時間は流れ、ついに書店で文庫本として置かれるようになった。新刊で出たのがつい最近のように思っていたけれど、ずいぶんと時間が経ってしまっていた。もしかしたら文庫本なら読めるんじゃないか、というわずかな期待を持って手に取り、再び読み始めている。

 

物騒なシーン、物騒な描写がさらっと出てくるあたり、「モダンタイムス」や「グラスホッパー」、「マリアビートル」を思わせる。破天荒で、いつも大事な局面において判断ミスをする相場時之が、物騒な男から奪ったスマホの謎を探る。これからの展開がまるで読めないけれど、ひょっとしたら壮大なスケールな話に展開していくんじゃないかというちょっとした期待感があって、まるで「ゴールデンスランバー」を読んでいる時のように楽しい。

 

以前読み進められなくてリタイヤしたのは、やっぱり電子書籍だったからに違いない。タブレットの画面は、長時間見てるとつらい。電子書籍での読書は、自分には向かないんだと思った。

 

キャプテンサンダーボルト 上 (文春文庫)

キャプテンサンダーボルト 上 (文春文庫)

 

  

キャプテンサンダーボルト 下 (文春文庫)

キャプテンサンダーボルト 下 (文春文庫)

 

 

 

 

 

 

ハンドメイド暮らし

自宅隣で恒例の手作り市があって、顔を出してきた。大家さんが選んで、口説いて、集まった作家さんたちが、作品を紹介してくれる。量販店でモノを見るのとはまったく違う、そこでしか見られないモノ、その人だけがつくっているモノ、に触れることができる点で、私はこういう手作り市、マーケットが好きだ。ハンドメイドの唯一無二感に、惹かれる。

 

とはいえ、心が揺れ動いたら何でも買うかといったら、そうではない。たぶんこういうところでの自分の財布のひもは、他人より若干緩いんじゃないかと思っているけれど、それでも「いけないいけない、これ以上はダメだ」という気持ちもちゃんとある。悪く言うとケチ。でも自分を正当化して言うと、本当に買うべきだと脳が判断したもだけを買うようでありたい。自分のこれからの生活を豊かにしてくれるんじゃないかと期待できるものだけに、囲まれて暮らしたい。

 

だから、さんざん作品を眺めて、作家さんと話をしたあげく、「ありがとうございますー」なんて言ってその場を離れることも多い。そういうとき、作家さんに対する若干の後ろめたさはあるものの、それはそれ。「本当に気に入ったものを手に取ってくれればいいですよ」と許してくれるに違いない、と、作家さん特有のやさしさ、おおらかさに甘えさせてもらっている。

 

今日は、半年前に買ったリネンのハンカチと同じ模様の色違いを、思わず買ってしまった。オトナっぽさと、リネンの手触りが、心地よい。

 

それから、猫をモチーフにた陶器作家さんのどんぶりが気になっている。あれでラーメンやうどんを食べたら、どんなに美味しいだろう。それも楽しみとしてとっておこう。

 

考え方の工夫

もっと、冷静に、慎重に、考えて仕事をする習慣をつけなければ。そう思うことがこのところ多い。今日も仕事で、その時は自分なりに考えて出した判断だったのに、あとでよくよく考えると、違ったんじゃないかと後悔した。その「もしかしたら違うんじゃないの?」という疑いが、その時には全く浮かばないから不思議だ。でも不思議のせいにしてはいけない。よくよく考えない自分が悪い。

 

冷静に。慎重に。さらに発展させて、そこに工夫を。自分なりの思考の芯のようなものを、ちゃんと持たなければ、と思った。事務所帰りに駅前の本屋に立ち寄り、新刊を見つけて思わず手に取った。そのタイトルの言葉が、そのまま自分に語りかけてくるようだ。

 

考え方の工夫

考え方の工夫