ウォーキングの効用

まる一日予定のない連休最終日。終日のんびりと過ごした。とは言え、ずっと自宅にこもっていてもうずうずしてしまうので、暑い中ではあったけれど、昼過ぎに近所を歩いた。ランニング、ジョギングではなく、ウォーキング。より体力の消耗の少ない方へと趣味が移行したような感じだ。

 

ただどこへ行くでもなくひたすら歩くウォーキング、これがとても気持ち良い。自分は他人よりもほんの少し、外の暑さに不快を感じない方なのかもしれないと思っている。だから今日も非常に暑く、少し歩くくらいで汗がでるようだったけれど、エアコンの効いた部屋にずっといるよりは、こうした時間があった方が快適だと思い、どんどん歩いた。川沿いの歩道を、対岸の建物をぼんやり眺めながら進む。途中で街中へと方向転換し、大通りに出る。客が行列をなしているラーメン屋。広めの駐車場のある別のラーメン屋も満車で、入れない車2台を、誘導員が路肩に停めながら立っていた。昔お世話になっていたTSUTAYAは閉店。業者が荷物を運び出していた。栄枯盛衰を感じる大通りからまた街中に入り、ぐるっと遠回りして、本屋で寄り道して、帰宅した。気づいたら1時間半くらい歩いていた。

 

その間、何を考えていたかというと、様々などうでも良いことが頭の中に浮かんでは消え、といったことを繰り返すだけで、あまり建設的な時間だったと胸を張れるようなものではない。ただ、何も考えていないわけではない。これはジョギング中の脳内も同じだ。脳を休ませているわけではないのだけれど、価値あるアイデア(もしくはその断片)を積極的に生み出そうとしているわけでもない。そのどっちつかずな時間が、時には必要なのだろうと思っている。