適切な世界の適切ならざる私

連休最終日。せっかくの休みを有意義に使おうと、ふと思い立ってDIYで本棚をつくった。つくったといっても、コンクリートブロックと板を近くのホームセンターで買って、積んだだけだ。DIYと言えないくらいのDIYだ。ドライエリアに置く本棚なので、外部用塗装は必要だろうということで、キシラデコールを塗ったのがせいぜいの日曜大工的作業だった。おおざっぱだし、においは立ち込めるし、すぐは乾かないし、あたふたしながらだったけれど、でも一応は形になったと思う。コンクリート壁にコンクリートブロックが映えて、ほどよい粗さのある本棚になったと思っている。

 

部屋のなかの本棚が本でいっぱいになっていき、本を買うのを控えていま手元にある本を読むことに時間を割こうと思って1~2週間がたつ。それはそれで大切なのだけれど、今日こうして本棚を新しくつくってしまったら、本を収容できるキャパシティがさらに広がった気がして、またさらに新刊の購買意欲が増してきてしまった。結果、夜ご飯を食べた後近くの本屋を2件はしごし、また何冊か買ってしまった。本を買うことに対する心理的ハードルの高低は、本棚に置くことができる量に左右されるのだ。

 

以前、トークイベントで会い、新刊を買い、サインまでしてもらった(※)、女性詩人の文庫があったので手に取った。どこか浮世離れしたような雰囲気を感じさせながらも、それを堂々とひけらかすのではなく、そこに恥ずかしさを感じながらも自身をきちんと受けとめたうえで丁寧に言葉を生み出していく。コンプレックスを感じているのかと思いきや、言葉で自らを表現するということについては堂々としている。すごい華奢な感じの方なのではというのは私の勝手な想像で、その裏腹、強くて美しい方なんだろうなとも思う。

 

確かに私は飛べず踊れずの一少女。だが、ひとたび活字の海に身をまかせれば、水をふるわせ、踊る。それこそ足になろう、ふくらはぎになろう、五本指の貝殻で踏みしめよう、指のさきまでことばとなろう。まなざしの四肢を引き寄せて、共に舞う。ロンドだ。

 

言葉を生み出して、それを読んだほかの人が何かを感じてくれるかもしれない。そういう言葉の力を、言葉を絞り出すという行為の尊さを、もっと自分は信じて良いのではないかと、彼女の言葉を読んでいると思う。

 

適切な世界の適切ならざる私 (ちくま文庫)

適切な世界の適切ならざる私 (ちくま文庫)

 

 

(※) 

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