ツナガリ

7月18日。土曜日。

 

仕事終わりの電車内にて。座席はほぼ満席。出入り口の脇に立ち、横から車内を見るような格好で音楽を聴いていたら、小さい子供を抱きかかえた若いお母さんが、座席を探して空いていなかったのか、となりの車両へ移動しようとしていた。そこへ、座っていたサラリーマン風の男性がすっと立ち上がり、そのお母さんへと近寄り、声をかける。お母さんは、申し訳なさそうに会釈をし、男性が座っていた席へ、そっと腰をおろした。男性は、私のいる出入り口と反対側の出入り口の脇に立ち、何事もなかったかのように、外を見ている。あぁ、素敵な光景だな。こういうことを、特に何も考えずに、さらっとできるような人間でありたいな、と思った。

 

そのお母さんが腰をかけた、その隣に座っていたのが、比較的高齢のおばさまだった。お母さんが抱きかかえていた赤ちゃんがとにかく可愛かったのか、終始、赤ちゃんを見ながらニコニコして、お母さんに話しかけている。お母さんも、おばさまの話を一生懸命に聞いている。赤ちゃんを通して他人にツナガリができた瞬間だった。こういう、まったく無関係だった人間があるきっかけを通じてつながり合い、人間関係ができる(この場合は人間関係まではできていないけれど)、というのはすごく素敵なことで、自分が仕事にしているコーポラティブハウスでも、それが実現できるんじゃないか、なんて思った。

 

自分が電車を降りる少し手前、だいぶ車内もすいてきて、そのお母さん方から見て正面の座席が空いたので、座った。聴いていた音楽を消し、イヤホンを片付け、今度は文庫本を出して、読みながら、ふと正面を見る。会話こそないものの、赤ちゃんを見るおばさまの目は、相変わらずとろけたままだ。お母さんは、ニコニコしながら目を閉じている。赤ちゃんを中心にして、両隣までの空間が、何かあたたかいもので包まれているように感じられた。ふとしたきっかけで生まれる関係って、なんか、良い。それを作り出した、サラリーマン風の男性の姿は、気づいたらもうなかった。