写真集

写真集専門の書店に行った。吉祥寺駅を降りて、井の頭公園をつっきるように歩く。住宅街の先にあるその小さな書店に入るには、まず呼び鈴を押して店主に扉を開けてもらうことから始まる。消毒をして、静かに店内に入った。あっという間に見尽くしてしまいそうな小さな棚に、ゆったりと写真集が並んでいて、これまで経験したことのない本屋の風景に、息をのんだ。

 

恥ずかしながら、写真集を買ったことがほとんどない。高校生くらいの時に、当時テレビで観て大好きだったアイドルの水着写真集を、かなり勇気を出して本屋で買った。それが多分最後だ。写真集という本を買ったというより、そのアイドルの、肌の露出度の高い水着姿を見る権利を買ったにすぎない。

 

そんなだから、棚に並ぶ写真集を見ながら、正直どう楽しんだらよいのだろう、と迷っていた。ピンと来ないまま店をあとにしなければならなかったらどうしよう、と臆病な自分は不安になる。一冊の厚めの本が目に入り、それが気になったのは、大きな岩を撮ったモノクロ写真がそのまま貼られたシンプルな表紙に、潔さを感じたからだと思う。そしてなんとなく事前にSNSで見ていた風景とリンクして、これは良さそうという予感を感じた。タイトルは「Ehime」。愛媛県だからEhime?

 

ページをめくり、それが愛媛県の風景写真であることを知る。何でもない風景を切り取った写真が、均整のとれたアートのように見えた。ただの家。ただの擁壁。ただの海。ただの木。もし自分がその場にいて同じ写真を撮ったとしたら、きっとこういう気持ちにならないだろう。どうしてこの写真からは清らかな空気を感じるのだろう。実際に行っていない場所に自分があたかもいるかのような幻想を味わえるから?それとも、この風景を気に入ってシャッターを押した写真家に自分を重ねて自らを写真家化するから?

 

写真集の魅力を熱を持って伝える店主のように、私はこの写真を見て興奮し、「この写真のここが良いんですよ!特にこれ!観てください!」と他人に伝えたいと思う、とまではいかないけれど、風景を見てきれいだと感じ、またそう感じるのに色は必ずしも要らないのだということに気づけたから、一歩先に進めたのだと思う。単なる風景にアートを感じるのはなんでだろう。ただ写真を見せられているだけじゃないか、と本を床に叩きつけることなく、その風景のなかに飲み込まれる感覚をちょっとでも感じるのは、なんでだろう。どういう撮影技術がそうさせているのだろう。写真についてこれから勉強してみよう、と強く思わせてくれる写真集に出会った。

 

レジで「あぁ、ありがとうございます。Gerry Johansson、お好きなんですか?」と聞かれ、「いや。初めてです」と打ち明けた写真集初心者に対し、店主は別の写真集も織り交ぜながら写真家を紹介してくれた。写真集の良さを伝えたい、という熱意を持つ店主と、Gerry Johanssonの写真について会話を楽しめるくらい、勉強したいなぁと思った。

 

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Ehime

Ehime

 

  

東京の美しい本屋さん

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  • 作者:田村 美葉
  • 発売日: 2019/12/25
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)