読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

豊潤な人生

伊坂幸太郎さんの「ラッシュライフ」を二度目読み中。5つの別々のストーリーが、だんだん収斂していく、という話。あるひとりが別の人に影響を及ぼす。あるひとの人生が、別のある人の人生へと、リレーのようにつながっていく。Aさんは、見ず知らずのBさんがいまなにをしているのかを想像する。そのBさんは、実はAさんのある行動に影響を受けている。階段を上りきってゴールかと思ったら、ぐるっとまわってスタート地点に戻ってきてしまう、というエッシャーのだまし絵が、終始脳内に画像として浮かぶ。黒澤のような、誇りやポリシーをもった男になりたい(空き巣にはなりたくないが)。豊田のように「すでに人生はどうにもなりません」と開き直り、お金より老犬を選ぶ男になりたい(無職にはなりたくないが)。

 

 

仕事が、なかなかうまくいかないもんだなぁ、と思いながら、でも冷静に考えると、うまくいっていないのはまわりに原因があるのではなく、単に自分に集中力がなく、注意力が散漫で、力が入らないからなのではないか、要は自分の気の持ちようなのだと気づき、がっかりする。なんだ、人のせいにはできないのか。自分には非はないと開き直ることもできないのか。そうしてひとしきり落ち込んだあと、やっぱり、自分に非があるからこそ、改善の余地があるのだ、と無理やりポジティブに捉え直す。TRICERATOPSの「トランスフォーマー」の歌詞「自分を変える事でしか まわりは変えらんない そう思った」が、こういうときはいつも頭をよぎる。

 

仕事終わり、ぽっかりと頭に穴があいたような気分のこんな夜に、ふと足が向かうところがある。仕事場近くのガレット屋。ここでガレットを食べながら、本を読む。事務所でコーヒーとお茶をがぶがぶ飲んでしまったから、今夜はハーブティーはなしだ。

 

いつも気さくに声をかけてくれる、可愛らしくて、優しくて、真面目な店員さんがいる。彼女がすすめてくれた本は、自分から率先して読むことはなかったであろう、長くて暗くて重い小説。「あんまり朝とか読まないほうがいいですよ。暗い気持ちになって、その日仕事できなくなるかもしれないから」そんな彼女の忠告を無視して通勤の電車内で「家族狩り」を読んでいたら、どんよりとして、やっぱり読むべきじゃなかったかも、となる。だけど、先が気になって、少しづつではあるが、ページをめくっている。

 

「年末もお仕事ですか」今夜もさらっと声をかけてくれる彼女と、少し話をする。「天童荒太さんの本、読んでるよ。途中だけど」と、勇気を出して切り出した。「10年以上前ですかね、私も彼の本を初めて読んで、暗い気分になりました」昔の思い出を振り返る彼女には、小説に助けられ、力をもらったのだという想いがみなぎっていた。自分も、小説のなかの言葉で強く印象に残っているものがあって、それが仕事の原動力になっていることは確かだから、共感できた。

 

 

気づいたら、手に持っていた「ラッシュライフ」を見せて、これ、面白いですよ、と言っていた。カバーはやぶけていたりしてボロボロだったから、ちょっと恥ずかしかったけれど。こうして仕事終わり、まるで抜け殻のような気分に水をあげるべく入った店で、なにげない会話で楽しめたのも、読書とは無縁だった中学高校時代の自分が知ったらびっくりするだろうけれど、小説を読むようになったからにほかならない。子供の頃からの延長で、そのまま本を買わない人生だったら、と思うと、ちょっとおおげさだけど、ぞっとする。人にすすめられる、こういう面白い話なんですよと紹介して盛り上がれる、そんな小説に出会えて、良かった。豊潤な人生。

 

ラッシュライフ (新潮文庫)

ラッシュライフ (新潮文庫)