クラシックとロック

 

クラシックギタリスト、猪居亜美さんの演奏を聴きに築地へ。クラシックのコンサートに行くのは何年ぶりだろうか。いや、十何年ぶりだろうか。大学生の頃はクラシックギターのアンサンブルサークルに入っていて、クラシックギターの演奏にも興味があったから、コンサートに足を運んだ。しかし社会人になってからはほとんどないと思う。ロックバンドのライブばかりだった。学生の頃を思い出すようで、胸が躍った。

 

演奏は、凄く良かった。マイク無しだったのではないだろうか。ギターの生音だ。ただ、とても一本のギターで、一本の手で弾かれたとは思えない、想像を超える広がりのある音楽だった。自分にとってのクラシックギターは大学のサークルでの趣味程度のものだから、それと比較するのは変だけれど、それにしても。こういう演奏を大学生の頃に聴いていて、刺激を受けていたら、もうちょっとサークルを深く、楽しめたのではないだろうか。今となってはもう遅いけれど。

 

ロックの音楽の中にクラシックに通じる要素を見出し、その部分を紹介するという手法に、頼もしさを感じた。自分は「ロックはロック。クラシックとは違う良さがある」と両者の間に壁を立てて、区切っていたからだ。しかし冷静に考えてみれば、クラシックのフレーズをオマージュとして取り込むロックがあることを知っている。クラシックはこう、ロックはこう、と隔てる必要はない。だから「クラシックとロックのカバーアルバム」という形態も決して不自然ではない。一方に、もう一方の良さを発見することができたら、きっと面白いだろう。

 

いままでは、ロックのライブに行って爆音を聴き、そこに鋭さと繊細さの両方を見出すことに、心の癒しを求めていた。しかし最近は、静かな音楽、室内音楽、目を閉じて、リラックスしながら聴く類の音楽に、関心が傾いているように感じる。音楽の好みひとつとっても、波があるのだと知った。