フラッシュに学ぶコミュニケーション

ズートピア2を観た後に心にじんわり残っているものを反すうしている。地味だけれどとにかく印象に残っているのが、ナマケモノのフラッシュだ。

 

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ナマケモノであるからして、とにかく動きが遅い。観ているこっちもイライラしてしまうほどだ(そのことについては「ズートピア」やそのスピンオフを見ると良い。免許センターの窓口でのやりとりは特に秀逸だ)。ただ車の運転になると急変し、猛スピードを出す運転者になる。そのギャップが面白い。

 

不可能な仮定だけれど、もしこれを10年20年前に観ていたとしたら、きっと私は彼の動きの遅さにイライラして、彼を嫌いになっていたのではないかと思う。しかし、動きの遅い彼とコミュニケーションをとろうとするジュディを観て、彼を理解し、共感し、許容することができるということが、大人であるための一つのハードルなのではないかと感じるようになった。これは、ストーリー全体からわたしが受け取った「違いを持つ者同士、お互いに認め合いましょう」というメッセージにも合致する。

 

早口の人もいれば、ゆっくりしゃべる人もいる。せっかちな人もいれば、悠長な人もいる。どちらが間違っていてどちらが正しい、というものではない。一方がもう一方を「自分と違うから」と排斥するのは、自分=正しい、という前提を持っているから。そうではなく、たとえ共感できなくても、自分はそうありたくないと思っても、自分とは違う他者が現にいるということを素直に認める姿勢が必要だろう。普段はスローモーであっても、現にフラッシュは車を爆走させ、ジュディを救うことに貢献したじゃないか。

 

行動が遅い人。逆にその場の感情ですぐ動いてしまう人。日常生活でも、仕事をしている中でも、そういう人に会う機会はあるだろう。会話をしていて、ほんのちょっとだけ「うまく歯車がかみ合わない」と感じた時に、それが相手への嫌悪につながりそうになったら。これからはフラッシュを思い浮かべることにしよう。あのスローモーさは極端だけれど、彼を可愛いがれる寛容さを拡張させることができれば、他者との軋轢のたいていは解消するのではないだろうか。