神輿と、街

 

コーヒー豆を切らしていたので、朝、自宅近くのカフェに買いに行った。大通りを歩いていると、はっぴを着た人とすれ違ったり、お神輿とすれ違ったりした。何かのお祭りかな。ちょっとよく調べなていなかったので分からなかったけれど、なんだか賑わう予感がした。よく見なかったけれど、神輿の近くだったか、人が列をつくっていた。

 

自分が住んでいる街でイベントがあると、嬉しくなる。その地域を活気ある場所にしようと意気込む住民がいるという事実に、だ。部外者が何を偉そうに、と言われるだろうか。確かに自分はこの街で生まれ育ったわけではない。しかし、ある程度長く住んでいるという自覚はある。また、賑わいをつくることに「昔からの地元住民と最近越してきた者」という線引きはすべきでないだろう。そもそも、賑わいをつくっている人たちも実際そんな線引きはしていないだろう。

 

誰もが参加できて、誰もが楽しむ権利を持つ。そうした地域での企てが、例えば孤立した一人の人間を救い、仕事にやりがいを感じていない社会人に喜びを与えるかもしれない。そのことに気づけば、「よく分からないけど、騒ぎたい人がなんかやってらあ」とそっぽを向いたりはしなくなるはずだ。

 

自分の居場所と呼んでも大げさでないくらいのカフェがある。今日もこうして、そのカフェでコーヒー豆を買い、自宅で美味しいコーヒーを楽しんでいる。最高に美味しいぱんとスイーツのお店もある。ちょっとあぶなっかしいところはあるものの、人情味あふれるおばあちゃんに触れられる行きつけの蕎麦屋もある。今ある自分なりの街との接点に限らず、街にはさらに、結びついていこうとすることのできる相手がある。様々な性格をもつその相手に、もっと注目していきたい。