健康への過信

自分の身体を労わることを意識するようになってきた。昔は割と欲望にまかせて食べたいものを食べ、寝る時間を削ってだらだらし、休日出勤にも精を出していたから、その頃と比べれば、大いなる成長だと思う。

 

そうした一つのきっかけには、4年前の入院経験が挙げられるだろう。健康は当たり前のものではない。天から降ってくるようなものとは違う。そのことを、自分事として認識したことはこれまでほとんどんなかった。自分に対して不謹慎だけれど、結果、それほどの不調を経験できて良かったと思っている。

 

そして今、中学生の頃から推し続けているロックバンドのドラマーが闘病していると知り、胸が痛むのを我慢しつつ、応援し続けている。11月にはフェスがあって、チケットをとることができたのだ。しかも、もう一つ、これも中学生の時に曲を聴いて身体中に電流が走るほどの衝撃を受け、今なおフォローしているロックバンドが、奇跡的にもそのフェスに参加する。今風の言葉で言うと「俺得」だ。2月に観に行った東京ドーム公演とこのフェスで、今年のプライベートな趣味の領域においては「ごちそうさまです」といった感じである。この幸福に感謝しながら、彼の復活を待つ。

 

ただし、こと人間の健康に関しては、絶対に元通り良くなるのだという過度の期待と、身のまわりでそういうことが起きないことを願う過度な嫌悪は、できればしないでいようと思っている。どんなに注意して過ごしても体を壊す時はくるし、自分に期待しすぎていると、「こればかりはもう仕方ないです」という状況に自分自身が置かれた時にショックが大きくて立ち直れなくなりそうだ。何をカッコつけて冷めた、達観したようなことを言っているのだ、と言われるだろうか。

 

自分の体調は自分で守る。これは大前提。ただし、そうすることで自分はずっと健康でいられるのだ、という過信は、しないようにと考えている。