ジョギングの習慣を取り戻そう。なんて息巻いて、朝早く起きて仕事前に一運動。筋肉痛がやってくる若干の恐怖はあるものの、清々しい気持ちで朝、仕事のために家を出た。それが月曜日。よし、これを毎日続けていけたら、また新しい自分になれるぞ。そんな期待に胸を膨らませていたら、翌火曜日に体調を崩した。割と頻繁にある頭痛程度だろうと思っていたら、熱が出て喉が痛くなり、これはダメだ、となった。
なんだか最近、本当に体が弱くなった。いままでが健康だった、という奇跡の裏返しなのかもしれないけれど、それにしても。医者に診てもらい、インフルエンザでもコロナウイルスでもないことは分かった。とすると相手は誰だ?どうやら通常より症状が強い、やっかいな類の風邪、ということのようだ。一応はそれで自分を納得させて、処方された薬を飲んでしばらく安静にしていた。体の中で、ウイルスのようなものと、自身の免疫力を擬人化したものが、闘うのではなく肩を組み、お互いを認め合い、調和し合う、そんな風景を想像しながら布団の中で体をあたためた。熱を下げるまでに3日を要した。週末の予定もキャンセルした。
こうして土曜日が終わろうとしている。毎朝走れたら最高だ。その想いで始めたジョギングは、結局月曜日しかできなかった。本当は体調不良のせいにはしたくないけれど、体調不良以外の理由なんて見当たらない。「じゃあ不調を押し切って走れたのか?」と聞かれたら、それは今から思い返しても無理だったと言わざるを得ない。もしかしたら、三日坊主を避けようと無理して走っていたら、体調不良がさらに悪化し、今頃もっと大変な思いをしていたかもしれない。なので、走れなかったこと自体はさほど悔しいことではない。
ただ、始めた翌日に体調を崩したという事実が、どうしても「朝走るという習慣は続けるべきでない」という内からのメッセージに感じられて仕方がないのだ。そしてそれが、「走らなくていいよ。大丈夫だよ」と自身を甘やかす言い訳に過ぎないんじゃないかと思えて、悔しくて仕方がないのだ。
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