本とコーヒー

今週のお題「ケチらないと決めているもの」

 

「本」がそうだった。ついこの間までは。今は何か。「コーヒー」だろうか。

 

これまで、本屋で新刊本を買う事だけは躊躇したくなかった。そのために、1か月の小遣いのうち少なくない割合を本代として、予算を組んでいた。今月はこんなに買って読んだ。だから来月は気になっているあの本と、前から気になっていたあの本を買おう。本屋のレジで1万円札を出して、お札のおつりが返ってこないなんて日があれば、自分はそれだけ本にお金を費やしているのだ、という奇妙な優越感を感じていた。本を扱う仕事をするようになってからはなおのこと、気になった本を買うことをためらうのは罪だと感じるようになった。こうして自宅の壁面本棚に本はどんどんたまり、読み終わった本は手放し、を繰り返して今に至る。

 

今はその「ケチらない」のピークを越えたように思う。歯止めをかけずにたくさん買って、嬉しくなる。一定期間そういう経験をしたことで、「もういいや」と思ったというのが正直なところだ。今は、ある程度熟考して、自分による厳しい審査をくぐりぬけた本だけを買う。そう思うようになった。ただ、単純にストライクゾーンが狭くなったという事かというと、そうでもない気がする。なんか面白そうだな、と自分の脳内のセンサーが反応したら、他人がどう評価するかはあまり気にせず、手に取るようにはしている。それでも、躊躇せず気になった本をあれもこれもレジに持っていく、ということはなくなった。

 

じゃあ今、(とりあえずモノを買うという「消費」に限って)ケチっていないものは何か、と考える。自分は他人より消費に対する抵抗感が強く、小遣いの減りが少ない方だろうと思っている。良く言えば燃費が良い。悪く言えばケチだ。だからたいていのものは、その時の経済状況によっては買わずに我慢することもある。その中でも、まあこれは自分に必要なものなのだろうと諦め、あまり歯止めをかけず消費しているのは、コーヒーだろうか。

 

自宅近くの、それこそ8年前のオープン以来ずっとファンであるCaffe Nil の自家焙煎コーヒー豆をほぼ毎月買って、自宅で挽いて飲んでいる。基本的に毎晩。この、コーヒーを飲んでいる自宅時間がとにかく至福で、昼間の仕事が終わったら寄り道せず帰宅して、コーヒーを飲むなんてことも増えた。インスタントコーヒーはもうあまり飲んでいない。だから「コーヒーならなんでも好きで、がぶがぶ飲む」と言うと少し違う。インスタントコーヒーも缶コーヒーも好きだけれど、豆を挽いて、ドリップして、自分で淹れたものを飲むのがそれ以上に好きなのだ。以前、カフェ巡りが趣味だと言いふらしていた時期があった。しかし今はそれほど興味はなくなった。それはカフェが嫌いになったわけではなく、カフェで得られる至福を、外へ行かずとも自宅で味わえるという事を知ったからだ。

 

家でコーヒーを飲みながらくつろぐ時間が今、健やかさを維持するために大事なのだということを身体で感じている。