根拠のない自信

新卒で就職した会社の二年先輩に、久しぶりにお会いした。退職以来だとすると、15年ぶりくらいになる。その時間の長さと、その間に自分がしてきたこと、得てきた(はずの)ことの多さに、めまいがする。しかし、皮膚感覚としては、あっという間と言っても良いくらいの時間だ。豪華な手土産までいただいてしまった。ありがとうございます。

 

社会人になりたての頃の、仕事を覚えることに必死だった時のことを思い出す。決して良い思い出ばかりではなく、出来ることなら思い出したくないことの方が多い。ただ、その頃の自分が経験したことが、確実に今の仕事人としての自分を形づくっているのだとすれば、きっと無駄ではなかったのだろう。忘れるべき過去のこととして記憶から葬ってしまうのは良くない。

 

その会社で働くことに未練はないけれど、会社の動向は今も気になっていて、時々ホームページを見たりしている。そのことを話したら、「それはそうだよ」と言われた。ほっとした。自分だけじゃないんだ、と思った。

 

時々、もし当時辞めずにいたら今頃どうしているのだろう、と考えることがある。管理職になって部下をマネジメントしていても全然おかしくない勤続年数だ。まったく思いもよらない部署に異動しているかもしれない。想像したところで何の意味もないのだけれど、ときどき「あったかもしれない未来」を想像して、その反動として「それを選ばなかったことによって生じている『いま』」に目を向ける。そうすることで、きっといまの自分の姿が、最善を尽くした先にやってきた理想の姿なのだという、根拠のない自信を持てるような気がするのだ。