他人の体験を感じ、他人の意見を聞くことで、自分の体内に新しい思考の軸をつくることができる。それが読書の醍醐味の一つだろう。美術館で絵を観ることにしてもそうだ。絵を観て刺激を受けたという体験が、自分自身の表現を変えるきっかけになることもあるだろう。
ロックバンドのライブも同じだと思う。昨日のライブは自分にとって、今までで最も感動したライブ体験だった。たいていが前回より今回、というように徐々に満足度が上がっていくのだけれど、それにしても昨日のライブはすごかった。どんな言葉を使っても、想いを的確に表現できる自信がない。自分が明日からどのような姿勢で人生を歩むべきか、その指針を示された気がして、生半可な気持ちでチケットをとるべきじゃなかった、というほんのわずかな後悔すら、正直に言うと感じたくらいだ。
外部からの刺激を参考にして、自分の生き方を変えていく。それは、他人の意見に一切耳を傾けず頑固に自分のやりたいようにやるより、柔軟で適切なことだと思う。しかし同時に、「本を読んでこうすべきだと思ってしまったから」「人がこう言っているのを聞いて、その通りだと思うので真似しなければいけないと悟ってしまったから」と、自身の考えが動かされたことにがんじがらめになると、それはそれで不自由だろう。結局当たり障りのない表現にとどまるのだけれど、何事も大切なのはバランスで、こうすべきという他者のアドバイスに従ってみる素直さも必要だし、自分は違う、と払いのける勇気も時には必要だ。そのバランス感覚が、本当に難しい。なにせその境界は目に見えないし、その日によって平気で変わったりする。
こうすべき、という想いに囚われてしまうという点では、読書はときに毒にもなりうる。そのことを意識して本を読まなけばいけないと思った。