その外国人女性は

仕事終わりの帰宅途中。中目黒駅で日比谷線を降り、ホームで東横線を待っていると、若い外国人女性がスマホの画面を見せて尋ねてきた。「シブヤ、コレ?」スマホの画面には東横線の路線図が表示されている。

 

目の前の東横線は元町・中華街駅行きだから、行くべき電車は反対のホームに行かないと乗れない。「ココダト、シブヤニハイカナイ。アッチノホーム」こういうとき英語で話せないとカッコ悪くて情けない。でもまぁ伝われば良いのだ、と自分に言い聞かせてゆっくりしゃべった。

 

「アリガトウゴザイマス」女性はにこやかにお礼を言って去っていった。たくさんの人が日比谷線の電車からホームに降りて東横線を待つ中、尋ねる相手に自分を選んだのだから、頼りになりそう、とか、優しく応えてくれそう、とか思ってくれたに違いない。そう思うと単純な自分は嬉しくなる。たまたま彼女の後ろに立ったから、というだけかもしれないけれど、まぁ深く考えるのはよそう。

 

しかし。元町・中華街行きの電車に乗って、ふと思う。彼女が見せたスマホ画面の路線図は、見間違いでなければ、元町・中華街行きの路線図ではなかったか。そして、彼女が話しかけてきたとき最初に口にした言葉は「モトマチチュウカガイ」だった。もしかして彼女は元町・中華街行きの電車に乗りたかったのではないか?「シブヤ」と確かに言い、私は「シブヤニイキタイノデスカ」ときいて頷いたから応えたけれど、ちょっと心配になってきた。そして何より、反対側のホームには渋谷方面行きの東横線と、北千住方面行きの日比谷線の両方がある。仮に渋谷に行きたかったのだとして、果たして彼女は間違えずに東横線に乗れただろうか。ちょっと心配になり、自分の英語力不足を悔やんだけれど、とっくに彼女はホームから消え、自分が乗った電車は中目黒駅を離れた後なので、どうしようもない。