学びの比喩

「実際にやってみないと分からない」というのはよく聞くことだけれど、それができたら苦労しないよ、と言いたくなる。やってダメだったらやり直せばいいじゃないか、という助言にはたいてい、本当にやり直さなければならないときに払うコストの大きさを無視した態度が含まれていると感じる。だから安易に「とりあえずやってみよう」なんてことは言えないと思っていた。しかしその言葉もきっと本当なのだろうと心の中では分かっているのだ。

 

ヴォーリズ建築である大学校舎はそれ自体が「学びの比喩」になっている。内田樹「武道的思考」を読んでそのことを知り、なるほどと膝をたたいた。扉を開けたその先にどんな景色が広がっているかは、実際にその扉を開けた人にしか分からない。実際に学ぼうと意識して、学んだ人にしか、それによってどんな景色を見ることができるのかは分からない。それは仕事にも、もっというと人生全体においても言えることで、自分がこうしたいと思ってもただ思っているだけではダメで、実際に行動に移さない限りその先の風景は分からない。行動する前から「もしかしたら後悔するかもしれない・・・」と躊躇うのは、扉を開ける前から扉の先の風景を勝手に想像して(本当は違うかもしれないのに)良くないことが起きると決めつけるのと同じくらい愚かなことなのかもしれない(実際扉を開けたら恐ろしいことが待っている可能性もなくはないので、だから人生は難しい)。

 

ヴォーリズの「仕掛け」は「その扉を自分の手で押してみないと、その先の風景はわからない」という原理に貫かれている。

 

扉の前に扉の向こうに何があるか、自分が進む廊下の先に何があるのか、それを生徒たちは事前には開示されていない。自分の判断で、自分の手でドアノブを押し回したものだけに扉の向こうに踏み込む権利が生じる。どの扉の前に立つべきなのか。それについての一覧的な情報は開示されない。それは自分で選ばなければならない。「学びの比喩」というのはそのような意味を指している。

 

昼間、義妹夫婦と食事。雑貨店を経営する義妹夫婦から仕事に対する姿勢を聞いて、実際に行動することの大事さを改めて感じた。いままでは、ただ自分の頭の中に漠然とした不安を生み出して、その不安に勝手に影響を受けていたのかもしれない。

 

武道的思考 (ちくま文庫)

武道的思考 (ちくま文庫)

  • 作者:樹, 内田
  • 発売日: 2019/04/10
  • メディア: 文庫