助手席にはいつもの死神がいる
(THE YELLOW MONKEY/この恋のかけら)
アルバム「9999+1」に収録されている宮城公演の映像を観ながら、一曲目の空気感に浸っている。ライブにおいては、一曲目に何を演奏するかが一番の楽しみだったりする。「この恋のかけら」は、バーンと弾ける曲ではなく、かといってずっとしっとりしているのでもなく、徐々に体温が上がっていくような高揚感を感じる。直線状に進む照明の光がとてもきれい。酔うように歌いながらすぐ右にいる架空の死神をポンポンとたたく吉井さんが、まだ一曲目なのに世界にどっぷり入り込んでいるようで、観ていてしびれる。
自分の運転する人生という車の助手席には、いつも見えない死神がいて、次の交差点は右に曲がるんだよ、もっとスピードを抑えて、というように声をかけてくれる。見えないからそのありがたみを実感することは少ないけれど、でも間違いなくいて、客観的に意見してくれる。今日も明日も、安全運転で。
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死神という登場人物が活躍する小説が、伊坂幸太郎「死神の精度」だ。自分には何の取り柄もないと思い、クレーム対応の仕事にうんざりしている女性だが、実はその才能を買われていることが分かる。ハッピーエンドなのかそうじゃないのか、結論が分からないまま終わるショートストーリーを読んで、どうか彼女に良いことがありますように、と願う。結論が分からないもどかしさが、心地よいのかもしれない。
死ぬか生きるか二者択一のコインを司る死神に目をつけられたらと思うとぞっとするけれど、少なくとも死神に「はい、こいつは死ぬ。同情の余地なし」と思われないようには、誠実に生きたいと思う。
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仕事の精度を高めることが、来年の目標だろうか。
なんか体調が悪いから仕事のパフォーマンスが低いとか、なんとなくやる気が出ないからボーっとして一日終わっちゃうとか、社会人としてありえないでしょう。人間なんだから感情の浮き沈みくらいあるでしょう、だからやる気が出ない日があって当然、という擁護論もあるけれど、そしていままでの自分はその考えに甘んじていたけれど、本当はそうであってはいけない。感情の浮き沈みがあるからこそ、それに流されずフラットに、精度の高い仕事をする術を、そろそろ身につけないといけない。社会人14年目になるオトナの言うことじゃないけれど、できないことをできるようにするためには、言葉にすることが必要だ。
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死神とか、仕事に精度を求めるとか、そういうことを考えると、「こびとさん」が頭に浮かぶ。内田樹「武道的思考」で読んで、なるほど、とひざを叩いた。自分の身体のなかには目に見えない「こびとさん」がいて(もしかしたらデスノートに出てくる死神のようなルックスなのかもしれない)、自分のパフォーマンスを最大化するために必死に頑張ってくれている。スランプとは、普段できることができない状態ではない。こびとさんが頑張ってくれているおかげで自分の実力以上の動きをすることができていて、そのこびとさんが不調だから、その「こびとさんのおかげでできていたことができなくなること」がスランプなのだ。だから自分の身体にいるこびとさんが上機嫌に「おまえのために一肌脱ごう」と言ってくれるように、身体を健全な状態に保つようにしようと思う。いつも自分の人生という車の助手席に乗って、自分をサポートしてくれるそのこびとさんを、大切に。
「こびとさん」がいて、いつもこつこつ働いてくれているおかげで自分の心身が今日も順調に活動しているのだと思っている人は、「どうやったら『こびとさん』は明日も機嫌良く仕事をしてくれるだろう」と考える。暴飲暴食を控え、夜はぐっすり眠り、適度の運動をして・・・くらいのことはとりあえずしてみる。それが有効かどうかわからないけれど、身体的リソースを「私」が使い切ってしまうと、「こびとさん」のシェアが減るかもしれないというふうには考える。
「こびとさん」なんかいなくて、自分の労働はまるごと自分の努力の成果であり、それゆえ、自分の労働がうみだした利益を私はすべて占有する権利があると思っている人はそんなことを考えない。
けれども、自分の労働を無言でサポートしてくれているものに対する感謝の気持ちを忘れて、活動がもたらすものをすべて占有的に享受し、費消していると、そのうちサポートはなくなる。
「こびとさん」が餓死してしまったのである。
知的な人が陥る「スランプ」の多くは「こびとさんの死」のことである。「こびとさん」へのフィードを忘れたことで、「自分の手持ちのものしか手元にない」状態に置き去りにされることが「スランプ」である。
スランプというのは「自分にできることができなくなる」わけではない。
「自分にできること」はいつだってでいる。
そうではなく、「自分にできるはずがないのにもかかわらず、できていたこと」ができなくなるのが「スランプ」なのである。
それはそれまで「こびとさん」がしてくれた仕事だったのである。(こびとさんを大切に P91)