クリスマス商戦の弊害

クリスマスケーキの大量廃棄の現実、という記事を見て、またどんよりとさせられる。前には恵方巻の大量廃棄が問題になった。昨年実績量しか販売しません、売り切れたらごめんなさい、と堂々とうたったスーパーが称賛をあびた。今回も一緒だ。売り切れて「もうありません」と言うくらいだったら売れ残った方が良い、そういう考えでたくさんつくって、いままで以上に売れ残って、廃棄される。お店の売れ残りだけならまだしも、半分残ったホールケーキがごみで出されていることもあるのだとか。半分も食べきれないんだったら食べるなよ、と普通だったら思うけれど、それでも買って食べたくなるクリスマスの雰囲気がそうさせているのかもしれない。自分だったらホール半分をごみ箱に入れようとする前につくったであろうシェフが頭に浮かんで、そのシェフに殴られそうで怖くてとてもできない。

 

大量廃棄にかかるコストを実質的に負担しているのは誰ですか?それは買っている消費者でしょう、消費者にその認識がなさすぎる、というのがその記事。廃棄を見込んだコストがケーキ代に上乗せされていて、その上乗せのおかげで大量廃棄がビジネス的に成り立ってしまっていると思えば、ちょっとは買うのに二の足をふむようになるでしょう。

 

ケーキを買うことそのものが悪ではない。自分だって好きだし、食べたい。だけど、例えばコンビニとかスーパーとかの前を通ったときに、サンタの恰好をした店員さんが「ケーキいかがですか」と店頭販売していて、そこで「じゃぁ食べようか」って感じで買う人が、いったいどれだけいるのだろう。そういう人に売る目的で大量に仕入れるんんじゃなくて、注文して必要な数をつくるっていうようにして、それを数年間続けたら、おのずと廃棄コストの上乗せも少なくなって原価に忠実な価格で食べられるようになるでしょうに。

 

自分はここ数年、クリスマスだからという理由でケーキを買って食べようと思わなくなった。以前は「たまにはいいか」くらいの気持ちで買った時もあったけれど。それより、もともとケーキは好きだし、日常的に食べたいと思ったときに一人でケーキ屋に行くし。だから、わざわざクリスマス商戦に乗る必要はない、きっと数日過ぎたら同じケーキでも安く買えるんじゃないか、世間がケーキを買わなくなったタイミングで好きなケーキ屋でケーキを買った方がそのケーキ屋の売り上げに貢献できるんじゃないか、なんて思っていた。しかしその考えもいま、揺らぎつつある。そんなに大量のケーキが買われずに廃棄されるんだったら、自分も買うことでそのロスをほんの少しでも少なくすることに貢献したい、なんて心が芽生える。自分一人で救えるロスなんてたいしてないのに。

 

以前、回転ずしで乾いた寿司を率先して取るんだ、という意見を聞いて、なるほどそういう考え方もあるのか、と思った。注文すれば新鮮な魚でにぎって出してくれるのに、わざわざ何周も回ってカピカピになった寿司を取る理由は、もう少ししたら廃棄されるから。それだったら食べよう、という考えは自分にとってすごく合理的で、(回転寿司で実際にそうしようと思ったことはないけれど)自分もその考え方に近いなぁと思った。

 

先のケーキにしても、廃棄先が豚の餌なのであればまだ良くて、そうでなくただ焼却?されるのであれば、少しでもそれを軽減できるような方向に動けるようでありたい。なんて思いながら、一昨日はクリスマス明けで平常運転に戻り、店員さんがサンタの帽子を取ったコンビニで、いつもの価格でシュークリームを買い、食べた。いつもどおりが、一番いい。

 

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