スイーツ男子

「もしかして、スイーツ男子ですか」そう突然話しかけられ、驚いた。目の前の女性が「話しかけちゃまずかったですか」といった顔でこちらを見ている。「あ・・・そ、そうなんですかね。まぁ、よく言われますけれど。甘いものは大好きですね」初めて会話するようにギクシャクした感じだったけれど、なんか胸にしみるものがあった。

 

 

午前中の仕事と夕方の仕事との合間で、昼間にぽっかり時間が生まれた。事務所でしばらく事務処理をしていたのだけれど、休日に集中力が出せないという自分の悪いところがあって、はかどらない。思い切って切り上げて、いつもは通勤で通り過ぎる事務所の数駅手前の駅に行った。気になっていた小さなセレクト本屋があったからだ。

 

学芸大学。大学の名前が駅名でありながら、その大学の面影はもはやない、そんな不思議な街。数分歩いて目的地である本屋にたどり着くと、すでに数人が表に出ている本を覗いていた。店内に入ると、学生っぽい感じの青年が店員さんに話しかけている。小ぢんまりとしていながらも荘厳な本棚が、神経をぴりぴりさせる。ほとんどが読み切れる自信がない、そんな本ばかりだ。でも、そんな本棚からこれだという一冊を選ぶプロセスが、なんか心地よいんだ。

 

人気店らしく次々と入ってくるお客さんたちがいて、徐々に小さい店内がさらに狭くなっていく。こういうときゆっくりできないたちで、そそくさと店を出てしまった。今度、またゆっくり見に来ようと思った。

 

だいぶ時間が余ってしまった。次に行こうと思っていた喫茶店は行列ができてて入れないし、もう一つ、セレクト本屋があることを雑誌で見た気がするなぁと思いながら場所が思い出せず、あきらめて、ひとまず休憩しようと、入れそうな喫茶店を探した。そして見つけたのが、賑わいのある通りから一本入った路地裏のカフェ。2階。普段だったら見過ごしてしまいそうだけれど、自然とそこに引き寄せられたのは、「2階で入りづらいかもしれませんが、お気軽にどうぞ」と書かれた立て看板があったからだ。「気軽に」って書いてあるんだから、気軽に入ったらいいんだ。

 

店には他にお客さんはいなかった。ゆっくりできるなぁと思い、コーヒーと、その時無性に甘いものを欲していたので、チーズケーキを頼んだ。これだから太ったとか言われるんだよ、と半分後悔しながらも、初めての店でこうやってケーキを食べることで新しい何かに出会えるかもしれない、なんて変な期待を、した。そうしたら、おとなしそうな女性店員さんに、冒頭の質問をされたのだった。

 

 

「そうなんです。こんな風体して、おかしいですよね。喫茶店に一人で入って、ケーキセットなんて頼んじゃうような、ちょっとアレな感じなんです、自分」よっぽどこう言おうとしたけれど、言えなかった。その前に、「男性は恥ずかしくてなかなかケーキを頼みづらいらしくて。そんなの、ぜんぜん気にしなくていいのに」という店員さんのホスピタリティあふれる言葉を浴びて、何か自分が救われた気持ちになったからだ。「確かに恥ずかしいですけどね。私も、注文はできるけど、人にはあんま言えないですね」でも食べたいときがあるんだから仕方ない。

 

その後、本屋目的で学芸大学に来たという話をしたら、別の本屋を2軒紹介してくれた。2軒とも面白そうだ。さらにそのうちの1軒が、頭の中になんとなく残っていた、雑誌で見た本屋だった。場所が分かって良かった。しかも、さっき行った本屋のすぐ近くじゃないか。

 

夜のバーがメインだというそのカフェは、休日の昼間のみオープンしているという。「こらからその本屋、行ってみます」と言うと、「じゃあ、今度感想聞かせてくださいね」と彼女。「わかりました。また来ます。今日は話しかけてくれてありがとうございました」こうして、また来ようと思える新しいお店ができた。最初こそ、バーメインのお店で片手間でカフェもやってます、みたいな感じなのかなぁなんて失礼な印象をもっていた。そんなイメージが変わり、また来ようと思った決め手になったのは、店員さんが、つまらなそうにしている(決してそんなことはないけれど、そのように見えたのかもしれない・・・)自分に、「この裏路地を歩いてて、看板見てそれで気軽に入ってきてくれて、嬉しかったです」と、こっちも嬉しくなるような言葉をかけてくれたことだった。