エッセイからつながる旅

昨日行った天王洲ハーバーマーケットで、気になっていた本屋に出会った。「SNOW SHOVELING」事務所からそう遠くない場所にあるこの本屋を雑誌で知り、興味をもったのがきっかけだ。出店リストに雪かきスコップの名を見た時は、チャンスと思った。

 

ケーキ屋、花屋、服屋、雑貨屋、キッチンカー・・・。いろいろなお店が集まる倉庫の中に、その本屋はあった。L字型のテーブルに並ぶ本と、椅子に座る髭の男の人。スマホをじっと眺めている。私が足を止めて本をじっと見ていても、しばらくスマホから目を離さない。気難しい感じの人なのか?

 

短い文章だけ書かれた封筒に文庫本が入っている。福袋と同じ理屈で、本の中身は開けるまで分からず、封筒に書かれた文章からインスピレーションを受けたら手に取ってみよ、というもの。面白い企画だと思い、「半径5メートルの幸福」と書かれた封筒と、もう一冊、松浦弥太郎さんがインタビュー相手の一人として入っていた、写真家の若木信吾さんの本を買った。二冊を差し出した時、初めて男の人と目が合った。優しい笑顔。気難しい人ではという疑念が、一瞬で消えた。

 

「松浦弥太郎さん、ひょっとして好きではないですか?」そう尋ねることができたのは、その優しい笑顔に肩の力が抜け、同時に勇気がわいたからだ。「えぇ、好きですよ」「実は僕も」「そうなんですか。どの本が?」「そうですね。いろいろ読んでますが、一番は『くちぶえサンドイッチ』ですかね」「あぁ!いいですね。僕は『場所はいつも旅先だった』ですね」会話は弾んだ。自分なりの基準で本を選んでいる、そういう人が好きだという本を、自分も好きで読んでいるという事実が、なんだか嬉しい。

 

改めて深沢のお店のことをHPで見て、これは行かなきゃと思った。「旅に出るのも楽しみだけど 旅に持っていく本を選んでいる時も同じくらい楽しい」同意。毎晩、風呂に持ち込む本をどれにしよう、と本棚の前で悩む時間を、優柔不断だなぁと嘆きながらも楽しんでいる自分だ。友達になれはしないだろうか。

 

 

彼のエッセイにはたびたび、美味しい朝食が登場する。ニューヨークのとあるカフェの朝食にまつわるエピソードが特に好きだ。その理由は店員さんにある。「いつものでいい?ヤタロー」そういって、久しぶりに来た彼のオーダーを一つも間違えずにつくる。そして次の客のオーダーを「いつものでいい?」と聞く・・・。そういう話にあこがれる。自分の名前を憶えてくれる店に出会えると、その旅はそれだけで幸福だ、というのも納得できる。

 

ただでさえ朝食をとる習慣がなくなってしまった自分だ。中学高校時代は朝食をとることは当たり前で、「朝ご飯は食べないんだ」と自慢する同級生を、心の中で軽蔑していた。それなのにいまは、自分がその軽蔑される方になってしまっている。自分も休日に美味しい朝ご飯を食べたいなぁと思いながら、たいてい夕方ごろに行くいつものカフェに、今日は朝早く足を運んだ。コーヒーとデニッシュパンがとにかく美味しい。

 

ニューヨークのカフェの店員さんと、目の前の店員さんとが重なる。ここのカフェの何がすごいって、自分以外に店に入ってくる9割のお客さんに、「久しぶりです」とか「チャオ」とか「今日はどうします?」とか、普通に話しかける。お客さんも、「美味しかったです」「何時までですか」と必ず二言三言は店員さんと会話を楽しむ。つまり、ほぼすべてのお客さんがリピーターであり、店員さんもそのリピーターを憶えているのだ。そんなお店、なかなかないだろう、と思う。

 

自分もこのエッセイにあるような、素敵な朝食をとる幸福を、このカフェに与えてもらっている。幸福は、半径5メートルとはいかないけれど、1キロ圏内くらいには十分にある。いつもありがとう。

 

場所はいつも旅先だった (集英社文庫)

場所はいつも旅先だった (集英社文庫)

 

  

希望をくれる人に僕は会いたい

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