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離見の見

事務所へ行こう。行って、いま目の前にある仕事をやっつけよう。そうやって今日の昼間までは思っていたのに、どうしても重い腰があがらず、結局は行けなかった。明日でいいやという気持ちが、部屋から出る気力をなくさせる。これだから、休日は建設的でないのだ。

 

 

O型はみんな雑なのかと思われると、癪だし、自分だって繊細で神経質なのよ、と言いたくなる。だけど、みたらし団子の4個目の深さであったり、コンビニ店員さんの商品の受け渡し方であったり、エレベーターの音声であったり、といったことが気になるという話を聞くと、正直「どーだっていい」と思ってしまう。あれ、結局のところ、OザッパなO型なのか、自分は?いやいや、Oらかと言ってくれ。

 

「離見の見」。これはつい忘れがちな考え方だ。物事にのめり込むのは結構だが、いつも外からの目でも自分を見ること。客観的な視点で、自分の行動が適しているかを冷静に判断すること。これができるのがオトナなのだという意見は、すごく納得。自分はまだ子供だ。

 

外から、それも、宇宙からの目で。「『こんなちっぽけなことで悩んでるよ、自分』と思えれば気が楽になる」というこんなオトナがいるということは、それだけみんな(ちっぽけなことで!)悩んでいるんだ、自分だけじゃないんだ、と思えて、気が楽になる。