待望の20分


ついに来た。待ってた。この時をずっと待ってた。いつからって?そりゃあ2000年12月27日からずっと。いや、もっとか。2000年11月8日。「LOVE SONG」がラストシングルだと知ってからか。



20分を超えるドラマ。期待するなと言われてもそれは無理な話だ。「FOREVER&EVER」でさえ10分。バンドは違うけど、GLAY最大の組曲「SAY YOUR DREAM」だって、二つの曲をくっつけたような構成になってて13分。いままで20分の曲は聴いたことがない。20分は長いよ。通勤時間に聴こうと思ったら、それ1曲だけでほぼ通勤終わっちゃうし。



どういう曲を聴かせてくれるのだろうか。メンバー5人のアイデアのメロディーが5曲分くっついた組曲のようなものなのか、前述の「FOREVER&EVER」のように間奏が長いのか、はたまた半端なくbpmが遅いのか・・・妄想は飛躍する。



それにしても。20分・・・20分・・・20分・・・どこかで出会ってる時間な気がする・・・そうだ。中学校のマラソン大会だ。



中学時代、年間行事のひとつにマラソン大会があった。学校の周りの道を1周して帰ってくる。その距離、確か3.9キロ。当時は長距離走が苦手だったと記憶している。50m走とか、短距離走ならその瞬間だけ頑張ればそれで終わりだけど、長距離走はそうもいかない。苦痛が長時間続くという点で、ぼくの大嫌いな行事だったと思う。その苦痛継続時間がだいたい20分くらいだったか。近所に長距離走の得意なスタミナ半端ない3兄弟がいて、後輩である三男が兄の記録を超えて学校新記録を出した、その記録が確か13分くらいだった気がするから、そう考えると20分かけてやっと走ったぼくはずいぶんのろまだったことになる。



高校くらいからはだんだん長距離走も得意になってきて、高校時代の恒例行事「比企一周駅伝」では、クラスの限られたメンバーしか選ばれない選手になるべく必死に練習し、3年連続メンバーになれた。それがぼくの数少ない武勇伝の一つだ。だいたい一人あたりの走る時間が15〜20分くらいか。走ってる本人にとっては地獄ともいえる苦痛の時間。たった1分間が、まるで1時間のように長く感じる。まさに相対性理論アインシュタインは、相対性理論について「熱いストーブの前だと1分が1時間のように感じるけれど、美女の前だと、1時間が1分のように感じる。これが相対性理論なんです」なんて、まるで科学的でない説明をしたらしいけれど、それをまさに体感しているようだ。



高校時代の自転車通学時間がだいたい40分くらいだったか。結構長距離通学だったな。でも新曲は2曲聞き終わらない。大学時代の駅までの原付通学時間がだいたい20分。ちょうど一緒だ。京葉線の海浜幕張〜東京間が急行で30分くらいだから、営業で海浜幕張を出発したときに聴き始めて、曲が終わったころには八丁堀あたりには着いていることになるか。いまウォークマンをもってないから聴けないけれど。



中学のマラソン大会で味わった地獄の20分。その20分が、天国に変わる。言い換えれば、同じ20分でも、いろんな感じ方、楽しみ方がある。音楽には、人によって地獄ともいえるほど長い苦痛の時間を、まるで一瞬のように感じさせるほどの力を秘めていると思う。