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WEEKENDER

更新するのは休日のみ 週末男の人生議事録

東京マラソン完走記

2010年2月28日。日曜日。

東京で、3万5千人と一つになった。

思い起こせば数ヶ月前。会社の上司の一言がきっかけで、入試時代を彷彿とさせる競争倍率のイベントにエントリー。落選するとばっかり思ってたが、なんと当選。それから練習の日々がはじまる。といっても、平日はほとんど走ることができず、休日に10キロ程度ジョギングするくらい。危機感は全くなし。しかし前日の27日、いつもの本番前の緊張という悪魔がぼくを襲った。


【1】スタート前
当日、朝4時過ぎ起床。
最近のマイブーム、ランチパックを食べて、6時ごろ出発。
開場時間である7時のちょっと前に、都庁に到着。
すぐに着替えて、荷物を預け、混雑する前に、早めにスタート地点へ。
天気はまさかの雨。テンションダウン。
1時間半前にスタート地点に立ち、徐々に集まるランナーを見ながらスタートを待つ。
緊張は最高潮。
スタートまでまだたっぷり時間があるのに、何を考えたらいいかわかんない(というかなにも考えられない)このもどかしさ。
目標タイムは4時間10分。
1キロ6分ペースを貫く。
それができれば大成功としよう。
そして幕は開く。


【2】スタート
午前9時10分。
スタート号砲が聞こえた!!
打ちあがる花火(?)
興奮は最高潮。
沸き起こる歓声。
雨はやまない。
ふっきれた。
寒さ、冷たさと付き合いながら走ることを決心する。
15分後、やっと正式なスタート地点にたどり着く。
見上げるとそこには生・石原都知事が。
笑っている。
かっこいい。
BGMでマックのCMで流れてる洋楽(曲名が不明)が流れる。
まさに興奮状態。
ランナーをあおるDJ「今回はじめての人ぉ!!」
「はぁぁぁぁい!!!!」ぼくを含め、前を走るランナーの大半が走りながら挙手。
DJ「オーケィ!!頑張ってくれぃ!!!」
まさに興奮状態。
これは祭りだ。
沿道の人々とハイタッチしながら走る。
前半、ペースはかなり抑え気味。
息切れはない。
息切れよりも、今まさに自分が42キロへの長い旅を開始したという興奮が勝っている。
1〜2キロ地点。
6大学応援団による応援。
心臓が震えた。
高校時代を思い出した。
その応援が自分に対してなされているということがすごく嬉しかった。
この先の長さをあまり考えずにいたから、つらくはなかった。
むしろ心地よかった。
目の前を走る3人のマイケルジャクソン(3人とも女性)
本人同様(本人が実際どういう人かは知らんが)サービス精神旺盛。
沿道の声援に「フォー!!」と応える。
彼女らについて走る限り、沿道の声援が自分にも向けられてるような錯覚に陥るため、終始ついていった。


【3】竹橋と尿意
はやくもアクシデントが発生。
突然の尿意。
水分は控えたはずなのに。
前日飲んだコーヒーが響いたか?
途中でトイレに行くことは全く想定していなかった。
でもしなきゃしょうがない状況になった。
でもトイレはどこも渋滞。
これでだいぶ無駄な時間を過ごした。
10キロ地点までで10分のタイムロス。
気をとりなおして走り始める。
「YMCA」が鳴り響く。
みんな走りながら「ワーイエムシエー♪」てやってる。
警察音楽隊による演奏。
「相棒」を思い出す。
頭の中に「威風堂々」が鳴り響いた。


【4】品川
折り返しの先頭ランナーとすれ違う直線。
まさかの2回目のトイレを済ませ、完全に尿意とおさらばし、気分一新。
気持ちペースをあげて走っていると、目の前にカメラをもった人と走る人が。
とくに気にせず抜かすと、沿道からの歓声。
「あっ西尾さんだ!!」
われに返って振り返る。
日テレの西尾アナがそこにいた。
思ったより背が低い。
そして想像以上に美人。
キツいはずなのに、カメラの前なので、笑顔。
まさに今、生中継しているのだろう。
あんまりしんどい顔できないだろうから、彼女も大変だな、と思った。
品川駅までは長い直線。
応援に来てくれている会社の後輩、Nに電話。
N「いまどこっすか?」
ぼく「もうすぐ品川駅」
N「ぼくは銀座で待ってます。H&Mとユニクロがあるとこに居ますんで」
・・・ちっちゃい目標ができた。
Nが待つ銀座まで、なるべく彼を待たせないように早く行くこと。
おなじく会社の先輩、Iさんからメール。
津波あぶないよ」
Iさんらしいそっけないメールに愛を感じたのと同時に、津波も危惧される日に限ってフル走らなきゃならない自分の境遇を呪った。
品川駅で折り返し、Nの待つ銀座へ。
この辺で1度目のランナーズハイに到達。
気分は最高。


【5】銀座
そして銀座へ。
必死にユニクロとH&Mを探す。
なかなか現れない。
「もう過ぎちゃったのかな」と半ばあきらめかけていたそのとき、目の前に部署のリーダー、Yさんが!!
めちゃめちゃテンションあがった。
それまでの孤独から一転、本当に自分は応援されているんだ、と実感した。
Yさんとハイタッチ。
Yさんにかっこいいとこ見せようと、ペースをすこしあげるぼく。
ふと沿道を見ると、写真を撮ろうとぼくを必死に追いかけるN!
嬉しかったよ。
涙出そうだったよ。
でこの頃から、
「もういっそ記録なんてどーだっていーんじゃね?最後まで楽しく走れれば」
なんて思えてきたから不思議だったよ。


【6】浅草
ここからがまた長かった。
「銀座から浅草つったら、地下鉄銀座線で何駅あるんだよっ」と、気が遠くなるような感覚に陥る。
浅草橋をぬけて、蔵前へ。
長い長い。
そして浅草手前で、沿道の差し入れの人形焼を取り逃した。
ふっきれた(2度目)
でもその後食べた差し入れのチョコが死ぬほどおいしかった。
浅草寺を過ぎて、折り返す。
この辺でやっと雨がやんだ。
そして2度目のランナーズハイだ!!
チョコがうまいっ!!
応援が心にしみる!!
そして再び銀座。
待っててくれたYさんとN。
そこにはなんとSさんも。
「Sさぁ〜ん!!」
また涙出るほど嬉しかった。
そのときには既に過去最高の30キロを更新し、未知の領域に足を踏み入れていた。


【7】豊洲
銀座を過ぎて築地。
ここで35キロ地点を迎えた。
思ったほどつらくない。
いい感じだ。
このまま42キロいける!!
そう思った。
しかし・・・
待ち受けていたのは佃大橋。
コース最大の上り坂。
しんどい。
いつものふくらはぎ痛がとうとう現れた。
急にペースダウン。
やばい、と思った。
地獄の痛さ。
苦痛だった。
何度も「今すぐ家に帰って寝たい」と思った。
ここからがみんなのいう「自分との戦い」だ。
結局のところ物事はそううまく進まない。
でも、これだけは自信をもって言える。
自分のなかで、完走できないという可能性は1%もなかった。
足の激痛と戦いながら、憎らしいほど軽快に走りながら沿道の期待に応えてパフォーマンスをするスパイダーマンについていった。


【8】ゴール
地獄の豊洲、そして東雲。
殺風景な東雲の景色が、いっそうぼくをダルくさせる。
この時点で、目標タイムでの走破は絶望的。
前半抑えすぎた。
ショックからさらにペースダウン。
いったいどんな顔してみんなに会えばいいんだ?
会社の先輩に休日返上で応援に来てもらっている以上、「目標どおり完走しました!」と言いたかった。
でもそれはできなかった。
別の意味で泣きそうだった。
が、もう遅い。
目標は「4時間10分」から「5時間以内」へ勝手に変更。
で絶対に歩かない。
スト2キロが異様に長かったが、沿道のバンド演奏がぼくに最後のエネルギーを与えてくれた。
そしてゴール地点、東京ビッグサイトへ。
スト200メートル。
右手には観覧席。
大勢の人が応援してくれている。
最後の力を振り絞ってラストスパート。
なんと目の前にはボビーオロゴンが!!!!!!!
ボビー、めちゃめちゃしんどそう。
偉大なる素人、格闘家の強いボビーの姿はそこにはなかった。
ラスト100メートル、ただただ最後の力を振り絞って走っていた。
彼を抜かしてゴール。
ガッツポーズ。

後にみんなに「ボビーと一緒にゴールすればよかったじゃん」と言われたが、後の祭り。
その時は、ただゴールの瞬間にかっこよく写真に写ることと、1秒でもはやくゴールすることしか考えてなかった。
いや、本当は「ボビーより早くゴールした」という勲章が欲しかったのかもしれない。
記録。4時間51分29秒。
号砲が鳴ってからスタート地点に着くまでがちょうど15分だから、公式記録は5時間6分29秒。
ボビーのゴールを見届ける。
ここで、会社の先輩・Nさんから電話。
Nさん「まだ走ってるんでしょ?」
ぼく「いや、たった今ゴールしました」
Nさん「えっゴールしたの?おれ観覧席で見てたんだけど、気づかなかったよ」
ぼく「実は、ボビーオロゴンの10秒前くらいにゴールしました」
Nさん「えっボビー?ボビーおれ見てたよ。やべぇ、ボビーに夢中で気づかなかった」
・・・ボビーと一緒にゴールすればよかった・・・
完走メダルをもらい、みんなが待つサイゼリヤへ。
そこにはF部長の姿も!
まさか来てくれるとは思ってなかったのでびっくり。
さらに西尾アナのゴールを観覧席で見届けたDさんも合流。
Dさんに西尾アナを見ることができたことを自慢しました。
今回そもそもエントリーするきっかけとなった言いだしっぺの部長に完走を電話報告。
こうして長い戦いがその幕を閉じた。
帰りは津波の影響で京葉線が乱れ、新木場駅でしばらく立ち往生に会う。
さらに南船橋武蔵野線への乗り換えに失敗。
階段の上り下りがいつも以上にしんどいんだよっ!!
家に着くまで油断できなかったな。
帰宅。
翌日仕事なのですぐ寝る事にしました。
こうして長い一日(しかし意味のある一日)が終わった。



【まとめ】
とにかく思ったのは、ボランティアの多さ。ランナーだけでは絶対に成立しない。給水所のお姉さん(めちゃめちゃ美人でした)とハイタッチ。ただそれだけで気分高揚。彼女ら、みんなボランティアでしょ? 3万5千人のランナーと同じくらい、多くのボランティア、多くの沿道の声援があるからこそ、こんなに盛大な祭りが成立しているのだと思った。そして、その声援に甘えていいんだと思ったとき、自分がただ走る3万5千人のうちの一人ではなく、自分もこの祭りを盛り上げる一員なんだと気づいた。頑張って走るランナーを見て、ボランティアの人たちも元気をもらう。ランナーとボランティア(沿道)。お互いのおかげでお互いが感動する。だからぼくもこの祭りを盛り上げる一人になろうと思った。当選した以上、自分にはこの祭りを盛り上げる義務がある。


【学んだこと、収穫】
最後まであきらめない気持ち
月並みな表現だが、コレが一番大きい。これは仕事にも活かせるだろう。あきらめないで頑張ろう。そして物事にはゴールまでのペース配分がある。全体を意識しよう。全体を見渡そう。スタートダッシュは禁物だ。


周囲への感謝
ボランティアや沿道の声援のおかげで、これだけ盛り上がって走れた。感謝の気持ちは絶えません。コレがなかったらと思うとゾッとします。


当事者意識
前述のとおり。かなり大きな大会だが、自分もそれを動かす一人だという主体性をもてたことは、一生の宝物です。小さい頃から言われ続けた「当事者意識をもて」その大切さ、面白さを再認識した。きっとそれは今の仕事にも活かせるだろう。受注するまでを仕切るのは自分だ!!


東京の小ささ
東京を走って、改めて、普段電車で移動しているところを自分の足で進んだという事実に感動した。とともに、実は自分がすごいんじゃなくて、東京が思うほど大きくないだけなのではと感じた。自分の中で東京が「大都会」から「走り抜けられる範囲」になった。


【失敗】
尿意
これにつきます。まさかここまで渋滞が激しいとは。水分は控えます。


ペース配分
前半、ペースを抑えすぎたかな?びびりさえなければ、もうちょっと記録は上がってたかも。


アソコの激痛
途中、股の激痛に襲われました。内ももとパンツが擦れる感じ。前もって長距離走っても股ずれしない下着の研究をしておくべきだった。ちなみに絆創膏を乳首に貼ったのは効果テキメンでした。


【最後に】
走る前は、自分がエントリーしたことは、本当に走りたくて走りたくて仕方ないのに落選してしまった多くの人に対して失礼なことだと思っていた。本当に走りたくて走りたくて仕方ない人に対して、「どんだけ健康ブームなんだよ」としか思っていなかった。でも今回走って、その走りたくて仕方ない人の気持ちが少し分かった気がした。東京マラソンには、人をひきつけるそれだけの理由が確かにあった。「自分との戦い」「成長」「去年の自分に勝つ」それぞれの動機はあれど、42キロ走破という一つの目的に向かって3万5千人が一つになる日が一年に一日くらいあってもいい。2月28日はそれだけすごい日なのだ。ぼくにとっての一番の収穫は、「もう2度と走るかっ」ではなく「また挑戦したい」と思えたことだ。来年は、一人でも多くの「本当に走りたくて走りたくて仕方がない人」に走ってもらいたい。


最後の最後に、吉井和哉氏の言葉を借りて。
「希望と絶望と興奮をありがとう!!」